第10話鎌倉と亀山
目的地に近づくにつてどんどんと道幅が狭くなってくる。遂には両脇が茶畑となり道路も舗装されたものから砂利のようなものにかわった。茶畑の迷路に迷い込んでしまった感覚に陥る。この先は延々とお茶を飲まされる地獄が待っているような想像をしてしまう。
停車する場所がなく近くの農家の人に相談すると自分の家に泊めると良いと快く言ってくれた。
「今時の子が山に登るなんて珍しいね。それともこれが普通なんかね」
いやいや僕たちは珍しいんです、と訂正もできず親切な方に間違った認識を与えてしまう。
「いざ鎌倉」後部座席からリュックを取り出した芝本さんが意気込む。僕らもそれぞれ準備を始める。
「鎌倉じゃなくて亀の甲山でしょう」
「亀の甲山だと語呂が悪いからなあ」
うんうんと数度唸った後よし亀山にしようと自己解決する。
「それではみなさんご唱和下さい、せーの」
僕らを煽るように手を動かして言う。
「「いざ亀山」」唱和したのはやはり岩水寺だけだ。
この登山路は正しいのかと疑いたくなるような狭い場所を抜けて僕らずんずんと突き進む。道と呼ぶにはあまりにも曖昧で人が通っているから草木が生えないのか獣が通っているから生えないのか判然としない。軽く横に転げようものならおむすびよろしく、ころころと麓まで転がっていくに違いない。
「結構歩きますね」運動が苦手なのか岩水寺は既にひいひい言っている。
「もう少しで着くはずだ」根拠があるのか芝本さんは断言する。その割には地図やコンパスを持っていないから不安になる。本当にこの人について行って大丈夫なのか。テレビに映った政治家を思い出す。一人で演説している時は堂々と話していたのに質疑応答となると右往左往、おろおろとしていた。芝本さんも政治家もこんな若造に心配されたくはないだろう。
カルガモのように一列に進行する僕らは傍から見たらどのように見えるのだろうかと考える。最後尾で殿を務める僕はふと別の小さな道があることに気付く。草木が茂って見えづらいけれどその先には今よりもさらに細い道がある。他のメンバーは気付いていないらしく正しいと思われるルートを芝本さんを先頭にぐいぐいと進む。僕はその道を気にしつつも黙ってついて行く。
「少し休憩しましょう」それから五分ほど歩いた所で美園さんが心配して言う。岩水寺が強く賛成し僕らは休憩を取る。
座りながら思案する。こちらの山道は人が通れるほどには広いのでこっちが正しい道だと考えられる。それでも前の道が気になって仕方がない。思考を操られているようにそのことばかりを考えてしまう。
「ちょっと我慢できないのでトイレに行ってきます」
岩水寺や芝本さんは分かってくれたような顔をしていたけれど西ヶ崎がこんな所であり得ないと今にも怒りだしそうな顔をして送り出してくれた。
早足で元来た道を戻る。五人で歩くより一人で歩く方が早く、すぐに先ほどの小道の入り口まで到着する。
いざ亀山、一人で行く山道は何と無しに不安であり登山前に芝本さんの言葉をつぶやく。草をかき分けると隙間から見えていた小道の全貌が明らかになる。細い道が奥まで続いている。これは時間が掛かりそうだぞと覚悟する。ちらりと携帯電話を取り出し、電波が届くことを確認して安心する。情報社会の恩恵は山中でも受けられるようだ。先に行っていてくださいと連絡を入れてから恐る恐る足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます