かくれんぼ

「じゃーん、けーん、ぽん!」

 校庭響き渡る祐一のかけ声に併せて、五人が手を出す。

「祐一のまけだ!おまえおにー」

「言い出しっぺが負けてやんの」

「一分たったらさがしに来いよ」

 笑い声が遠く離れていく。

 祐一は仕方なく両目を閉じて、一分数えた。

 目を閉じていると、急に背中が寒くなった。心臓の音が急かすように脈打つ。数える音も合わせてはやくなる。

五五、五七、五九、六十。

 少しばかり重くなった瞼を開き、校庭を見渡す。

 昼休みに二年生に荒らされたままの砂場や風雨にさらされて錆びたジャングルジム、手すりはほとんど変色した鉄棒。

 六年間、祐一たちを見守ってきた校庭の姿であった。卒業式前の休日、和義の提案で小学生最後をよく遊んだかくれんぼで過ごすことになった。

 普段は多くの生徒で埋められた校庭も、祐一一人となると寂しい。


 かくれんぼの範囲は校舎一階と校庭だけ。二階三階、体育館、飼育小屋は使用禁止。隠れた場所を変更することは一回可能。

 制限時間は1時間。


 突っ立っていても時間の無駄だからと、祐一は校舎の中へと入る。

 コンクリートの壁は校舎を漂う空気を冷やす。

 たった、五人だけがいる学校。普段の学校とは一変して静まりかえっていた。今にも、階段から降りてきた低学年の子たちの笑い声が聞こえてきそうな気がしていた。

 祐一は固唾を飲んだ。

 辺りを見回しながら四人のことを考える。

 元気で笑いが絶えないかーしー。

 男勝りだけど優しいよっち。

 冷静で笑わないが人一倍遊びたがるあっつん

 聡明で目立ちたがり屋なくっちー。

 彼らの隠れそうなところを片っ端から探していくことにした。


 校舎は中庭を取り囲むように長方形の構造をしている。

 西の生徒用玄関口からすぐ手前にある職員室。

 当然鍵がかかっているため開かない。となるとほかの教室も同様に施錠されている。

 無難なところでトイレに何人かいるだろう。

 一階に設置されたトイレは全部で三カ所。祐一は職員室のとなりにあるトイレへと入った。

 特に異常なし。人の気配はしない。

一階は隅々まで探したが人っ子一人いなかった。

 祐一はまた、背筋に冷たいモノを感じた。

 孤独。

 祐一は頭に浮かんだ言葉を振り払う。

 雨が祐一をいじめるように降り始めた。

 校庭を濡らす雨足は瞬く間に強くなっていき、雷もなり始めた。

「みんなどこだよ!早く帰ろうよ!ねぇ、みんな!」 

 無我夢中で一階を走り回った。

 二周したところで息を切れた。

「なんでいないんだよ。みんなどこだよ!」

 ふと、祐一は中庭に降る雨を見た。

 もしかして……、と祐一はおぼつかない足取りで校庭に出た。

「みんな、馬鹿だな。かくれんぼだからってこんな遊びに雨に濡れてまで隠れる必要ないのに」

 身体が雨に打たれるのを気にせずに中央まで歩いていく。

 

 「そうして、お前は雷に打たれた。即死だった」

 当時よりもずっと背が伸びたかーしーが申し訳なさそうな顔を祐一に向ける。他の三人も涙を流している。

 六年経ち学校に憑いてしまった僕に真実を告げに来た四人。

 祐一はその言葉を完全に信じることができなかったが、目の前にいる四人の姿がありありと物語っていた。

「僕は死んじゃったのか。そうなんだ」

「お前が時折、この学校に現れるって聞いて……」

 四人の姿を見ることでわかることがあった。彼らは胸の内に後悔を抱えて生きていきたんだ。

「かーしー、一つ聞いてもいいか?お前たちどこにいたんだよ」

「職員室だよ。お前は玄関側の扉しか調べなかったがもう一方は空いていたんだ。だから俺たちは賭けたんだ祐一が一つしか調べないことに」

 祐一は笑った。そんなことだったのか。必死に探したけど見落としていた。

うーん、と祐一は背伸びした。そして、満足したよと喜びも悲しみも入り混じった精一杯の笑顔で消えていった。

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