第19話 茶金

「いらっしゃいませーー」


地元の小さな定食屋に男がやってきた。

いつもはガラガラの店に、

一人の男が茶碗をじっと見ては不思議そうに首をかしげている。


「店長、あの客は? みない顔だけど」


「ああ、あれは質屋だよ。

 普段外にはあまり出ないからね」


「なるほど」


店長が引っ込んでも、質屋はしきりに茶碗を見ている。

たまに「はてな?」とでも言いたげに首をかしげる。

そのしぐさに男はぴんときた。


(まさか、あの茶碗……実は価値のあるものなんじゃないか)


質屋の背中越しに茶碗を覚える。

緊張のあまり飯の味なんてほぼわからない。


質屋が店を出ると、男はその茶碗をダイビングキャッチ。

すぐに店長へ駆け寄る。


「店長!! この茶碗、1万円で売ってくれ!!」


「え、ええ……!? 困るなぁ、店のものだし」


「そこをなんとか!!」


「……うーーん、わかったよ」


男は押しに押しまくって茶碗を買い取った。

スキップしながら、質屋さんに持っていく。


店頭には定食屋で見た男ではなく、

キレイめな女性店員が立っていた。


「質屋さんへようこそ、何かご用ですか?」


「この茶碗を買い取ってもらいたい!

 これは相当に価値のあるものだよ!!

 そうさな、50万……いや100万の価値がある!」


「はぁ……」


女性店員は茶碗をまじまじと見つめる。


「……普通のお茶碗に見えますけど?」


「はあああ!? そんなわけないだろ! もっとよく見てくれ!」


「うーーん……価値のあるようなものには……」


「ああ! もういい!! あの男を呼んでくれ!!

 あんたじゃラチがあかない!」


すると店の奥から、定食屋で見た男がやってきた。


「おお! あんた、待ってたよ! さぁ、鑑定してくれ!」


「この茶碗ですか? 普通の茶碗ですね」



「……は?」


耳を疑った。

コンマ数秒で質屋は無価値認定を叩きつけてしまった。


「え? でも……え!?

 定食屋ではあんなにまじまじと見てたじゃないか!

 めっちゃ価値のあるものじゃないのか!?」


「いえ、この茶碗ね、不思議なんですよ。

 ひび割れしてないのに、どこからか水が漏れてて。

 で、どこから漏れてるのか探してて……」


「そ、それで首をかしげてた……?」


「それがなにか?」


男は一気に脱力した。

すべては自分の勘違いだった。


「それじゃ、俺はごく普通の茶碗を

 1万円も払って買ったのかよ……」


地面に手をつく男に、質屋はそっと手を伸ばす。


「まあ、私の目利きを買ってくださったのだから

 1万円を払って購入なされたんでしょう?

 質屋としてこんなに嬉しいことはありません。

 ですから、この茶碗は2万円で買い取ります」


「ほ、本当ですか!?」


「はい。お金で親孝行でもしてください」


「ありがとうございます!!」


かくして、男は2万円を手に入れた。


 ・

 ・

 ・


「……という話があったんですよ」


「マジでか!! なんてハートフルストーリーだ!!」


この話を聞いた有名アーティストは、

さっそく感動そのままに茶碗ストーリーを歌にした。


歌はミリオンヒットになり、たちまち大人気。


歌がヒットしたことで、天皇の耳にも話が聞き及ぶ。


「これぞまさに日本の宝ですね。

 美しい国、日本」


天皇はいたく感動し召されて、ついには聖地巡礼。

噂の茶碗にサインを書き記された。


天皇のサイン入り茶碗にまでなったため価格は高騰。

オークションに出すや、まさかの100万円で落札された。


質屋は男を呼び出した。


「あの茶碗ですが、100万で売れたので

 50万円はあなたのものです」


「よっしゃああああ!!」


そんなこんなで、男は50万円を手に入れた。







後日、男がまた質屋へやってきた。


「いやぁ、200万円の儲けだ!」


「へ? なにかあったんですか?」


「おう! 今度は水の漏れるツボを持ってきた!!

 茶碗よりもデカいからきっと高く売れるぞ!!

 さぁ、買い取ってくれ! 高い値段で!!」



「そ う い う こ と じゃ な い」


質屋は男をひっぱたいてやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショート落語を読んでみたい! ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ