第17話 青菜

「植木屋さん、精が出ますなぁ」


とある金持ちの家で仕事を終えた後だった。


「植木屋さん、ありがとうございます。

 どうです? この後、我が家で飲んでいきませんか?」


「えっ、いいんです!?」


植木屋は誘いに乗って屋敷に上げてもらった。

テーブルには日本酒とお刺身が並べられる。


「わぁ、おいしいですね! ……うっ!」


「どうかしましたか?」


「ちょっと……わさびが……」


植木屋はツンとした辛みが収まるのを待った。

すっかり落ち着つくと主人は提案した。


「お口直しをしましょうか。

 植木屋さん、おひたしは好きですか?」


「大好きです!」


主人は手をたたいて、奥さんを呼んだ。


「おい! 奥や! 奥や!

 おひたしを持ってきてくれ!」


すると、奥さんは手ぶらで台所へやってきた。


「京都から牛若丸がやってきまして、

 名も"九郎判官(くろうほうがん)"といいます」


わけのわからない返答に、主人は答える。


「ああ、義経にしておこう」


「……もしかして、お客様が来たんです?

 それじゃ俺はもう帰りますよ」


植木屋は慌てて席を立とうとしたが、

屋敷の主人はそれを制した。


「ああ、違うんです。違うんです。

 さっきのは隠語なんですよ。

 本当はおひたしはもう食べてしまってなかったんです」


「あ、そうなんですか」


「でも、それを直接告げるのはあなたに失礼ですから

 妻は『菜も食らう』ほうがん、と言ったんです。


 で、私は『良し』つね、と返事したんです」


「おお、なるほど」


おしゃれな二人のやり取りに植木屋はすっかり感心した。

家に帰ると、自分の妻にこのやり取りを話した。


「さっそく試してみたいなぁ……」


ちょうどいいタイミングで、

友人が晩御飯をねだりに家にやってきた。


「よし! やるぞ! 早く台所へ!」


「うちに台所はテーブルのすぐそばじゃないですか。

 手をたたいて呼び出すまでもないですよ」


「じゃあ押し入れにでも入っててくれ!」


妻を押し入れに隠れさせると、友人のもとへ向かった。

そして、あの主人のセリフを完璧に反すうする。


「植木屋さん、精が出ますなぁ」


「植木屋はお前だろ。わしは大工だって」


「あ、ああ……そうだよな。

 えーっと、刺身をごちそうしましょう」


「刺身って……これ焼き魚だぞ」


「植木屋さん!!」

「だから植木屋はお前だって!」


「おひたしは好きか!」

「嫌いだ」


「お ひ た し は 好 き か!?」


「わかったよ! わかったよ!

 おひたし食えばいいんだろっ」


植木屋は待ってましたとばかりに手をたたいて妻を呼んだ。


「奥や! 奥や!

 おひたしを持ってきてくれ!」


押入れの戸が開くと汗だくで化粧が溶け、

ほこりと蜘蛛の巣まみれの妻がやってきた。


「うわぁぁあ!? なに!? なに!?」


友人はびっくりして椅子から転げ落ちる。

妻はぼろぼろになりながら、夫の話を思い出す。


「きょっ……京都から、牛若丸が出てきました……。

 それで、えっと……名が"九郎判官義経"です!」


妻は続けざまに、義経の名前まで言ってしまい

夫は答えがなくなってしまう。



そして……。



「……べ、弁慶にしておけ」

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