第3話 風呂敷
ある日、女のもとに幼馴染がやってきた。
「あら、久しぶりじゃない。どうしたの?」
「ちょっとそこまで来たからさ、顔が見たくなってな」
二人は玄関先で軽く語らっていた。
久しぶりの再会ともあって、つい長く話し込んでしまった。
すると、向こうから人影がやってくるのが見える。
「大変! 旦那が帰ってくるわ!」
「ああ、そうか。それじゃ挨拶して……」
「バカなこと言わないで!
旦那は嫉妬深くてすぐに暴力を振るうの!
あなたが来たのを知られたら、浮気だと疑われるわ!」
「え、ええ!? じゃあどうしろって言うんだ」
「とにかく、押し入れに隠れていて!
それから隙を見てなんとか逃げるのよ!」
「わ、わかった……」
「ほら早く!」
女は幼馴染を押し入れに隠して戸を閉めた。
何食わぬ顔で玄関で旦那を出迎えた。
「おゥ、帰ぇったぞォ」
「あなたお帰りなさ……ちょっと呑んできたの?」
「おうよォ! 男にとって酒は血液だァ……!
これを呑まなきゃ生きていけねぇってなァ!」
旦那は千鳥足で家に上がると、
そのまま倒れこんで大いびきをかいて寝てしまった。
それも、運悪く押入れの目の前で。
「ど、どうしよう……。
これじゃ気付かれずに出ることなんてできないわ」
自分だけの力じゃどかすこともできない。
かといって、下手に起こせば
機嫌が悪くなって暴力を振るわれるかもしれない。
困り果てた女は、職場仲間の男に連絡を取った。
「……ということなの。
どうにかしてくれないかしら?」
『わかりました、すぐに行きます』
事情を聞いた男が家にやってくると、女を家から出してやった。
そして、眠る旦那を揺り起こす。
「んにゃ……なんだァ?
あれ? あいつはどこいった?」
「嫁さんか? それなら買い物に行ったよ。
お前だけじゃ防犯にならないからってやって来たんだ」
「ああ、そうかァ。そりゃ悪いなァ」
「ところで面白い話があるんだ、聞くか?」
「面白い話?」
男は旦那に話はじめた。
「今日、友達の家に行ったときの話さ。
そこの嫁さんが幼馴染と軽く話をしてたんだ」
「あァ? なんだそりゃあ。
俺だったらひっぱたいてるなァ」
「そうそう。そいつの亭主もそれ異常の荒くれ者でさ。
慌てた嫁さんは幼馴染を押し入れに隠したんだ。
ところが、帰って来た亭主は押入れの前で寝ちゃったんだ」
「へぇ、それで?」
「で、俺は頼まれてその幼馴染を逃がしたんだ」
「逃がした? どうやって?」
男は厚手の風呂敷を取り出した。
「風呂敷を使ったのさ。
まずは、亭主を起こすだろ?
それから、押し入れを見られないよう、こんなふうに……」
男は風呂敷を旦那の顔に巻き付けた。
「こんな具合に巻き付けたんだ」
「なるほど、これなら何も見えない。
それで? 話の続きは?」
「んで、俺はこんな感じで押入れの戸を開けたんだ」
ガララッ。
男が戸を開けると、幼馴染は慌てて外に出る。
「頭なんか下げなくていい! 早く行け!
…………と、目で伝えたわけだ」
「ふむふむ」
「男が家から出ていくのを確認してから………
あっ! おい! 靴! 靴忘れてる!
…………と、ジェスチャーで伝えたりして」
「それで?」
「幼馴染が完全にいなくなったのを確認してから、
こうやって風呂敷を取ったんだ」
男は旦那から風呂敷を取った。
一連の話で旦那は思わず手をたたいた。
「なるほど、それはいい工夫だな!」
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