成れの果て

和泉 夏亮

ルーカスの海

「第二接続部、切除」

内臓組織を焼き切るジュッという音と共に、腐乱臭を濃縮したような臭いが辺り一面に充満している。

 肉壁のように鼓動が感じられる床や壁には、衛生的とはとても言えないほどの膿があちらこちらに飛び散っていた。


「もっと明かりを」


 医者であり今回の手術の担当医のチャールズは助手の持つカンテラをもっとこちらに寄こすよう言った。


「こうでしょうか」

「違う、第三接続部が影になっているだろう。君は照明の代わりもできないのかね」

「申し訳ありません」助手のデイヴは酷く落ち込んでいる。


 一旦手術の手を止めて、カンテラでの照らし方を一通り教え直す。この作業をやるのはこれで三度目だ。仏の顔も三度まで、いい加減怒鳴ってもいいのかもしれない。いくら何でも覚えが悪すぎる。


「先生、あとどれくらいでしょうか」

「どれくらい、とは」

「手術が終わるのに、あとどれくらいかかるのでしょうか、とお聞きしています」

 デイヴは半ば意固地になって言う。

「そんな心配をしてどうするというのだね」

「今日の夜、日が完全に落ちるまでに家内の元へ帰らないといけないのです」トーンを落としてデイヴは続ける。「それにこのルーカスの海とかいう臓器、気持ちが悪くて見ていられません。上手く照らせないのもそのせいです」

 チャールズは落胆した様子で言う。

「今は仕事中だろう。君のプライベートのことまで私は気に掛けるという義務はないはずだが」

「大体こんな汚れ仕事なんて、それなりの報酬があるから仕方なくやっていると言ってもいいでしょう。先生もそう思っているんじゃないんですか」

「その点に関してはノーコメントだ」

「ほらぁ……」デイヴはそれ見ろと言わんばかりである。




 つい先日、公式に害獣指定されている生物の一斉駆除が行われた。この生物は地中に巣を作って生きている。その姿かたちは猿と人間の中間、直立二足歩行をし、発見された時には世界中が大騒ぎになった。


 しかし、問題が一つ。この生物はそんな見た目をしながら、生殖行動が終了するとあるとんでもない変化をその身に現すのである。雄は生殖行動が終わると、巣を形成している脈打つ壁の薄い部分に寄りかかり始める。すると、七十二時間後には体の半分が壁と一体化し始めて、一週間もしないうちに壁の一部に取り込まれてしまうのだ。



 つまり、この生物の巣は文字通り生きているのである。



 チャールズの元に無線通信が入った。


「チャールズ、進捗は」

 巣の中に簡易的な手術室をこしらえているので、その外では警備班が巡回している。声の主は警備班長ドゴールだ。

「いや、それがだなドゴール。デイヴ君がきちんと照らしてくれないおかげで、ルーカスの海の摘出にはあと少しかかる」

「あと何分だ」ドゴールは明らかに苛々した様子で訊ねた。「それに合わせて、こちらも退却準備に取り掛かる。あらかたここの巣はぶっ壊して回ったからな、早くしろよ」

「了解」


「ドゴールさん、お怒りですか」

「まあ、そうだな。私もこんなところにはあまり長居したくない。幾分かやる気を出してはくれまいか」

「善処しましょう」



 ルーカスの海。この生物の脳にあたる部分を私たちはそう呼んでいる。


 特にここ数千年で、地球環境や生態系は大きく変化した。地球は大局的な見方をすれば随分前から寒冷期に入っていたし、それに適応するように生物もある種は進化を繰り返し、またある種は適応できずに絶滅してしまった。数百年という短いスパンや生物が一生を終えるほどの期間で物事を見ていると、地球や太陽系、宇宙のスピードにはついていくことができない。自然淘汰は宇宙からすれば、そよ風が吹いた程度のごく小さな変化でしかないのだ。


 この生物――私たちはその姿かたちから《ヒトガタ》と呼んでいるが、彼らもまた地球環境の変化と共に進化した生物の一つである。ここ最近の寒冷化に伴い、《ヒトガタ》はその住処を地上から地中へと変更した。地中は大体一年を通じて温度が急激に上下することはなく、とても安定している。彼らの種は寒冷化によって一時期相当な数が死滅したが、地中へと逃れた者たちが生殖行為を第一優先目標とすることで次第にその数を回復しつつある。



 だが、彼らが地下へとその住処を移したことによって、問題が発生した。

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