第23話 小さな蟠り
「いい感じに成果が出てきていますね」
にこやかにカヨさんが報告を受け取ってくれた。
まだまだ精度は低いけどヒールアタックという新たな戦いかたを今回は学べたからだ。
「プリーストはアンデッドを浄化する役目、その魔法は必ず役に立ちますよ」
姫様の夢の話を相談するべきかな?と思ったが、キリが隣にいること、あくまでカヨさんはギルドメンバーではないことなど、なぜか話を出しづらくてやめた。
「あとは廃屋の調査ですね、頑張ります!」
「はい、朗報を期待していますよ」
収集品をお金と交換すると、ある程度まとまった金額になっていた。
(これなら新しい装備が買えるかな…)
「だいぶ貯まったね、ハナの装備を買おう」
「え?でも二人で貯めたお金だから…」
物凄く嬉しいけど、やっぱり引け目を感じてしまう。
「いいんだ、今の僕は足りているし、それに魔法の精度を上げるためには杖が必要だよ」
「う、うん…」
なぜだろう…本来ならばクエスト回数を重ねてきて信頼を築いてきているはずのキリに対して反比例するように気持ちは遠くなる気がしていた…。
「まだあと1つクエストあるし、それからにしよ!」
そう言って二人は今日のところは別れた。
ハナはぼんやりとする気持ちのままいつもの湖畔に佇んでいた…。
(キリの瞳の奥のモヤモヤしたもの…、あれはなんなんだろう…、彼と親しくなればなるほど闇が深まっていくような…)
それは漠然としたものだったが、確かに感じていた。
こういうのは冒険者のセンパイに聞くのが一番なのかな…?
すでに夕暮れだったがアキムギルドの詰所に寄ることにしたハナ。
「モヤモヤ…?」
話を真摯に聞いてくれたリコもハナのあまりにも大雑把な説明に困惑しているようだ…。
「それは聖職者が熟練してくると見えるという邪気の類いのことじゃないか?」
そばで話を聞いていたダイさんが呟く。
「邪気?」
魔気なら学校でも習っていたし、砂漠のクエストでもはっきりと見ることができた、でも、邪気って何?
「物や動物に備わっている魔気の源となる悪い気のことよね…。」
リコさんは慎重に言葉を選んでいるように思えた。
誰にそれを感じたかまでは話していないけど、リコさんは察しが付いているのだろう、
「邪気だったとして、魔物へ変わる可能性がある危険なものだ。人間だったとしたら尚悪い」
ダイさんはお構い無しに話を続ける。
「え?!」
アタシの血の気が一気に引くのが解った。
「あの剣士…、キリ君に感じたのよね?ハナちゃん…」
リコは申し訳なさそうな顔をしている。
「はい…」
やっとの思いで返事だけは出来たけど、頭はすでに混乱状態だった。
「次のクエストは廃屋だったな?」
今の今まで黙って聞いていたバトが話に入ってきた。
「まさか?!バト!」
何かに気付いたリコがバトに切り返す。
「そのまさかだ、廃屋はゴーストの住処、試すにはうってつけの場所だ。」
???
二人の会話の意図が全く理解できていないハナ。
顔を伏せて考え込むリコ、理由は解らないけど、かなりの問題になってきているみたい…。
「マスター!魔に堕ちる人間を未然に防ぐのも俺達の仕事のはずだ」
バトは確かに言った。
"魔に堕ちる"
「ど、どういうこと?」
目は見開き、涙がうっすら浮かんでいたハナ、ようやく会話の一部が理解できた、でもそれはあまりにも衝撃的な言葉だった。
「魔気や邪気、まとめて悪気とも言われているが、これは人の負の心につけこみ、増幅する。大抵の人間は持っているものだ、だが、他人に気付かれるほどの邪気を放つようになっていたとすれば、それはすでに手遅れに近い。」
ダイは年の功という感じで丁寧だが残酷な言葉をアタシに伝えてくる。
「キリを…殺すと言うの?」
震えていた…、ついこの間まで町娘でしかなかった少女が突然、身近な人の死について考えさせられているのだ。
「ハナちゃん、そうと決まった訳じゃないわ!」
リコは必死でアタシを慰めようとしてくれているが…。
「どのみち確かめる必要はある」
きっぱりとバトが言い放つ。
ギルドには所属しておらず、今や冒険のパートナーはアタシだけ、キリに対してアタシが出来ることはあのモヤモヤを感じてしまった時にすでに決まっていたのかもしれない…。
「確かめるだけですよね?」
「うん…、そうよ」
「解りました。次のクエストの日取りが決まったらまた来ます。」
―――――
夜のとばりが降りて真っ暗な通りをとぼとぼとハナは1人歩いていた…。
(もし、キリが邪気を宿していたらアタシはどうすればいい?)
答えなど無かった。
いや、答は決まっている。
冒険者としてやるべきことは、魔に堕ちる人間を食い止めること、すなわち対象を殺すこと。
(そんなこと…、アタシには出来ないし、見たくない…)
星空を見上げるも、涙で景色は霞み、余計に頬を伝う雫が増えていくだけであった…。
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