リフォーム

いざよい ふたばりー

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ある住宅街に、一人の博士が住んでいた。

その日は朝から外出し、そろそろ帰ってくる時刻。

なにやら慌てた様子で博士は帰途についていた。

そして、家に着くや、荒々しく玄関のドアを開ける。

なにをそんなに急いでいるのだろうとお思いの方がいるはずだ。しかしそれはまことに言いにくいことだが、まごまごしていたら話は進まない。

ええと、食事中の方がいらしたら、大変申し訳なく思いますが、その、つまり、博士はもよおし、トイレに駆け込んだ。

そして博士は閃いた。

「そうか、なるほど。人間が1番リラックスする場所。それは風呂でもなく布団の中でもない。ましてやマッサージなどでもない。我慢の限界で駆け込めば、なおのことリラックスできる、そんなとこはここしかないだろう。」

つまり、トイレだった。

「だからトイレを改装し、住みよい空間にすれば、人生が豊かになるのではないだろうか。いや、そうに違いない。よし、早速案を詰めよう。」

博士はトイレから出ると、研究室に閉じこもった。

ああでもない、こうでもない。

あれが必要で、あれはいらない。いや、あったほうが…

ここのデザインはどうだ、そこのデザインは派手すぎやしないかと、オプションとしてつける物のリストや、本体のデザインの図案など、書いては消し、描いては頭を悩ませ、博士は理想をその設計図やリストに詰め込んでいった。

「よし、できた、できたぞ。ついに設計図が。このトイレが完成する時こそ、最大のリラックスルームが完成する時だ。早速開発に取り掛かろう。」

かくして博士は、改装工事とそれに必要なものの発明にとりかかった。

試しに自分で使ってみて、出来栄えがすばらしければ大量生産をし、それで儲けようとの算段なので、情報が漏れぬよう、博士一人で着手した。

数ヶ月後、それは完成した。

最初の設計図通りなら、もう少し早く完成にこぎつけられるはずだったが、工事中にアイデアを思いつき、図案を練り直したり、足りないパーツを買いに出たり、最適になるよう何度も試しては微調整を繰り返したため、予定より数週間遅れての完成だった。

「完成は遅れたが、おかげで第一稿よりはよいものになっているはずだ。」

博士は室内を見渡し、感慨にふける。

まず、肝心のトイレの本体。これには相当悩んだ。

座り心地、地面と便座の距離、背もたれをつけるなら、タンクはどうするか、など。便座と背もたれは硬すぎず、柔らかすぎない素材を使い、座ることへの負担を減らした。背もたれと足元は、マッサージチェアに付いている物を使い、マッサージが出来る。リクライニング機能をつけることにより、完全に倒すとベッドのようにもできる。

その時便座は肌触りの良い、質の良いマットレスのような物で蓋をされる。

マットレスのような物の下は、二重の層になっており、ニオイは完全にシャットアウトできるようになっているし、常にリラックス効果があり良い香りのする消臭剤が室に充満しているため、ニオイは気にならない。

これだけでもかなりのトイレだと思うが、博士は徹底的にやった。

排泄物を肥料として利用し、成長が早く、たくさんの果物のなる木を品種改良でつくり、その果物を貯蔵できるよう、冷蔵庫も設置した。もちろん、味に飽きることのないよう様々な味の果物を開発した。室内にはうるさすぎず、静かすぎないあらゆるジャンルの音楽を流すことができる。照明の調整や、温度や湿度の調整。テレビを取りつけたり、壁には本棚もあり、お風呂もつけた。鍵穴は内側にあり、外から邪魔が入ることはない。完全に外界とはシャットアウトされている。電気は自家発電。

それに、あってはならぬが、もしものことがあってもいいようにと、室内全体を核シェルターで覆ってあるのだ。

ほかにも、考えられるあらゆる物を詰め込んだ。

「これだけ揃っていれば大丈夫だろう。ああ、あの日、この発明を思いついたのが遠い日のように感じる。さて、それではいよいよだ。待ちに待ったこの瞬間。使い心地は…」

博士は座り、用を足す。座り心地、部屋の香り、音楽、あらゆる感覚が博士をリラックスさせる。

博士は手を洗い、横になる。

「便器は自動洗浄で常に清潔。心地よい音楽、香り、寝心地の良いベッド。なんて落ち着くんだろう…」

計画の成功と、改装工事の疲れと、そしてリラックス効果で博士は眠ってしまった…

どれくらい寝ていたのだろうか。博士は目を覚ました。まだ半分眠っていそうな顔つきで、博士は辺りを見渡した。

「いつのまにかトイレで眠ってしまっていたようだ。

しかし、それだけ安らげるということでこれは大成功ということだ。」

寝ぼけ眼で用を足す。水を流し、ズボンを上げようとしたその時、ポケットから何か落ち、流れて行ってしまった。

「なにが落ちたのだろう、まさか…」

博士はポケットに手を入れ青ざめる。

そのまさかだ。博士はこのトイレの鍵を流してしまったのだった。

「なんてことだ。鍵は外から外せないように作ってある。声も届かない。この空間に邪魔が入らないようにする事に気を取られ、非常口をつけていない。外からも中からも壁を破ることはできない…」

博士は愕然とした。

唯一の救いは、食料は尽きることがなく、温度や湿度の管理も完璧で、ベッドと風呂もついているトイレだということ。つまり、生きていくのに必要なものが揃っているということだ。博士はしばらく後に、ポツリと呟いた。

「ここでリラックスしながら余生を過ごすのも、悪いことではないのかもしれないな。」

博士は複雑な心境で、ここで暮らすこととなる。

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