デパート、シーラカンス、テレホンカード

 かつて、私の故郷にはデパートがあった。地元の富豪だか大地主だかが経営していた、一店舗しかないデパート。屋上には簡易の遊園地があって、その下の階にはアイスクリームのおいしい食堂があって、もっと下にはとりどりのおもちゃであふれたフロアがあって。一階には、今では珍しくなった公衆電話がずらりと並んだ場所があった。高校生くらいまで、遊びに行った帰りに家へ連絡するのは駅かデパートの公衆電話だったはずだ。携帯電話を持たせてもらったのは、大学で上京してからだから。お父さんのホールインワン記念のテレホンカードが恥ずかしくて、友達の前では小銭を使ったこととか、初めてのデートで博物館に行ってなぜかシーラカンスの絵のカードを買って、度数がなくなってもお財布に入れていたこととか。デパートはとうの昔に閉店してしまった。ささやかな記憶だけが今でも、写真のように鮮やかだ。

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