7月の逢瀬
「七夕、というのは、なかなか雨の確率が高いように思わないかね?」
つるりとしたゼリーを口に運びながらそう言うと、彼は興味なさげに「知らないよ」と返してきた。……興味なさげではないな。興味ないな、この反応は。
薄黄色に染まった牛乳寒天は、私の好みより少々柔すぎた。そしてかき氷シロップを使ったせいか思ったよりも甘い。いやはや、お菓子作りは難しい。この男、いつも何てことないように作っているが、すごいな。
「急にどうしたんだよ?」
「そう思っただけだよ」
そう、別に意味などはない。
受話器を睨みつける私の行動に、意味などはない。
「……そもそも、なんで雨が降ると逢えないんだっけ?」
「天の川が増水して、鵲の橋を渡れないだろう」
だからさ。
私がそう言うと、彼の馬鹿にしたような笑い声が耳元で響く。
「あー、なるほどねー。でもさ、」
彼の笑い声に被さるように、妙なノイズが入り混じる。
なんか……騒いでる?
「そんなもん、鵲の首根っこ押さえ付けて渡らせないとどうなるか分かってんだろなコラ。とか言うと、意外と渡らせてくれるよ?」
あんまりにも物騒な台詞が耳元と背後から同時に聞こえて、私は思わず電話を取り落とした。
「な、何してんの?」
「来ちゃった。」
ウィンク。なんて似合わない。
彼の背後では、哀れな鵲がぎゃんぎゃんと非難の声を上げていたが、彼が勢い良く扉を閉めたもんだからそれもすぐ聞こえなくなった。
「いーっつもクールな君が可愛いこと言うから、来ちゃった」
ウィンク2回目。だから似合わない。
「いや……いやいやいや! 旧暦でいいって言ったじゃないか! 8月の方が晴れること多いし、そもそも鵲可哀想だろう!」
「知らねー」
酷い奴である。
いや、本当にちょっと参った。準備が出来てない。
「なにこれゼリー? 美味しそう」
「わー、馬鹿待て! まだ試作段階だ!」
「試作も味見したい」
「い、や、だ!」
どうにかゼリーを取り返して、勢い良く胃に流し込む。噎せそうになったのを気合いで押し込めて、きっ、と彼を睨みつける。
「とにかく! 逢うのは8月の約束だ。約束も守れん男は嫌いだ!」
「意地っ張りー」
じゃあ、味見だけ。
軽く唇が触れて、奴はにやりと笑った。
「では、8月に」
……取り敢えず、あいつは今外で騒いでる鵲達に突つかれまくればいい。緩む頬を軽く叩いて、私は再びゼリーと格闘を始めた。
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