語らう屋根の上
「隣に座っていた人たちの会話から推測するに、彼はこの近辺にあるチェーン店の店長らしいと言うことが窺える。会話の端々に上る他店舗の名称、同列で語られるキーワードからもそれは明白だ。まぁそもそも、そんなお偉方と膝突き合わせて熱く討論している段階である程度分かってくることな訳だがね」
女は一息吐くようにぷわり、とまぁるい煙を吐き出した。
「いやいや君、勘違いはしないでおくれよ。別に耳をそばだてていたわけではないさ。偶然隣の席で熱い会話が繰り広げられていただけだよ、それもそこそこの音量で。そりゃあ勝手に耳に入ってきてしまうし、考えることが好きな私としては良い暇潰しを与えてもらったと自動的に思考を始めてしまうのも、致し方ないことだろう?」
否定するためか、ゆらゆらと揺らす右手に合わせて紫煙もゆらゆらと揺れる。
その揺れに誘われるように、私は口を開いた。
『思考するだけかね?』
一瞬の静かな間。それを取り繕うように再び女は煙を深く深く吸い込んだ。
「……全く、君は何時でも嫌なところに深く切り込んでくる」
『猫だからな』
饒舌な女が言葉少なに返すこの瞬間が、私に愉悦を与えてくれる。
如何なる会話の時もこの表情を引き出したいものだが、なかなかどうしてこの女は手強い。
だからこその愉悦でもあるのだが。
「……思考するだけさ、それ以上何をするわけでも出来るわけでもない」
『知り合いなのであれば、一声かければ良いだろうに』
私の言葉に、ふっと笑いをこぼしながら煙草を消して、女は立ち上がる。
「そんなことが出来るような女なら、君相手にこんなところで煙を喫みながら管なんぞ巻いてないさ。……猫には解らんだろうがね」
それでは、と手を振りながら去っていく後ろ姿を、はたりと尻尾を振って見送った。
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