お手伝い妖精物語

彼野あらた

お手伝い妖精物語

「おめでとうございます! あなたは妖精お手伝いサービスの対象に選ばれました!」

 小学校の夏休みのある日、自室でゲームをしていた田原統太たはら・とうたの前に突然現れたのは、水色の衣装を身にまとった少女だった。

 ただし、その身長は20cmほどで、背中からは半透明のハネが生えており、空中に静止していた。

「え……何なの、きみ」

「はい! 妖精お手伝いサービスから派遣されてきました、妖精のエリ―っていいます! 今日から1カ月間、あなたのお手伝いをさせていただくことになりました!」

 それを聞いて統太は記憶を呼び起こした。

 そういえばテレビで見たことがある。

 以前から交流のある妖精界が、人間界との友好関係を築くため、人間界に妖精をハケンして人間のお手伝いをさせているらしい。

 ただし、誰のところに妖精が行くかをどうやって決めているのかはよくわかっていない。

「それで……お手伝いって、何をしてくれるの」

「体は小さいけど、魔法を使えます! それで日常的なことならだいたいできます! あと、空とか飛べちゃいます!」

 エリーと名乗る妖精は、空中にとどまりながら自信満々に胸を張る。

「さあ、何をしてほしいですか?」

「じゃあ、夏休みの遊び相手になってほしい……友達もいないし、お父さんもお母さんも仕事で忙しいから……」

「そうなんですか……わかりました! おまかせください! ……でも夏休みの宿題とかもちゃんとやらなきゃだめですよ?」

「日記とか以外はもう終わらせてるよ。ひまだったから」

「まだ8月に入ったばかりなのに……意外にできる子ですね!」


 そして、統太とエリーの夏休みが始まった。


「ちょあーっ!」

 自宅のテレビで対戦ゲームをする二人。

 エリーは小さい体で器用にコントローラーを操っている。

「あーっ! 負けてしまいました!」

 エリーはぐるぐると宙を飛び回って悔しさを表現する。

「いつもは一人で遊んでいるけど、ほかの人とやると楽しいね」

「うんうん。そうでしょう、そうでしょう」

 得意げにうなずくエリー。

「でも、ゲームも楽しいですけど、せっかくの夏休みなんだから、外にも出かけましょう! プールとか! 海とか!」

「うん……妖精と一緒に行ってもいいか、親に聞いてみる」


 許可は意外と簡単に下りたので、遊園地のプールにやって来た。

 お手伝い妖精の話は世間では有名で、信頼度も高いらしい。

「というわけで、プールですよ! プール!」

 どこからか取り出した妖精サイズの水着に着替えたエリーが嬉しそうに飛び回る。

「そういえば、エリーは水にぬれても大丈夫なの。ハネとか」

「大丈夫! 私は水陸両用です!」

「そうなんだ。じゃあ、泳ごうか」

 二人はプールでの泳ぎを心ゆくまで楽しんだ。


 海。

「いやー、プールもいいけど、海の雄大さはやっぱりすごいですね!」

「海にも許可が下りるなんて……妖精って本当に信頼されてるんだね」

「ふふん、見直しましたか?」

 胸を張るエリー。

「うん。……ところでお腹がすいちゃった」

「じゃあ、海の家で何か食べましょうか! せっかく海に来たんですし!」


 お化け屋敷。

「きゃーっ! きゃーっ! お化けきゃーっ!」

「……妖精なのにお化けが怖いの?」

「何言ってるんですか! 妖精とお化けは全くの別ものですよ!」

「そういうものなんだ」

 結局、お化け屋敷から出るまで、エリーは統太のシャツにしがみついてキャーキャー騒いでいた。


 夏祭り。

「いやー、屋台で食べる食べ物って、不思議とおいしいですよね!」

 焼きそばやらフランクフルトやらを魔法で周りの空中に浮かべながら、エリーはご満悦の表情である。

「エリー。次はあれをやってみたい。射的」

「おっ、いいですね! 負けませんよ!」

「エリーもできるの?」

「まかせてください! がんばれば何とかいけます!」

 結果は統太の勝利であった。


 映画館。

「この映画、見た人たちの評判がすごく良かったみたいだから、気になってたんだ」

「男の子と女の子が宇宙で冒険する話でしたっけ? おもしろそうですね!」

「ところで、お化け屋敷とかではお金を普通に取られていたけど、妖精って映画の料金はどうなるんだろう」

「ふふふ……妖精は映画館では幼児と同じ扱いになるんですよ……体が小さいからって幼児料金……そんな年じゃないのに……」

 なお、映画の内容は大変面白く、二人とも大満足だった。


 花火大会。

「たーまやー!」

 エリーの掛け声とともに、大輪の花火が夜空を彩る。

「人間ってすごいですねえ。あんなに大きくて綺麗なものを作っちゃうんですから」

「妖精だってすごいじゃない。魔法とか使うし」

「人間は、魔法も使わないのにいろんなことをできちゃうのがすごいんですよ!」

 エリーは力説する。

「だから、私たち妖精も人間と交流して、いろいろなことを学んでいるんです」

「そうなんだ」


 そうして、約束の1カ月はあっという間に過ぎた。

「ありがとう。楽しかったよ。今年の夏はこれで思い残すことはないと思う」

「そうですか。それは何よりです」

「また……会えるかな?」

「わかりません。私は世界中の人たちを巡らないといけませんから」

「そっか……」

「でも、統太さんのことは忘れません」

「うん。ぼくも忘れない」

「……それじゃあ、また会う日まで。さようなら」

 そして彼女は来たときと同じようにかき消えるようにいなくなった。


 それから長い時が過ぎた。

 統太は進学し、成長し、大人になり、就職し、結婚し、家庭を持ち、子供が生まれ、子供たちが大きく育ち、孫が生まれ、そして……。


「おひさしぶりです、統太さん。またあなたの担当になりました」

 病院のベッドに横たわる統太の前に現れたのは、昔と変わらぬ姿の彼女だった。

「願いはありますか?」

 彼女が問いかけると、彼はゆっくりと首を振りながら答えた。

「いいや……君にもう一度会えただけで、十分幸せだよ……」

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