5年前のノート
いざよい ふたばりー
第1話
ある日。
田舎暮らしをやめ、都会で仕事をみつけたこの男は、
都会への引越しのため、部屋を片付けていた。
幸いなことに、男は荷物をため込まない性格のため、そんなに荷物もなく、ほんの数時間で終わりそうだ。
「そうだ、押入れの中も片づけなきゃ」
そう言うと、押入れの中を掃除し始める。
「押入れか。押入れなんかずいぶん開けてないな。
そんなに詰め込んだ記憶もない。ほら、やっぱりものが少ないや。」
押入れの中のものを手際よく物を箱に詰めて行く。
「おや、これはなんだったかな」
そこにはひとつの小さな箱があった。
「日付が書いてあるぞ、するとこれは5年前にしまったことになる。5年前、なんだったかなぁ。5年前、5年前…」
ぶつぶついいながら考えるも、なにも思い出せない。
中を見てみればわかるだろう、何気なくノートを開く。
そこにはびっしりと、乱雑な文字でどのページにもこう書かれていた。
「おいしい」
なんだこれは。
身に覚えのない文字。当然筆跡は男のものではない。
と、その瞬間、男の頭にずきんと痛みがはしった。
まてよ、何かを思い出しそうだ。
思い出しそうだけど、なぜだろう。すごく嫌な気分になる。
まるで、思い出すのを脳が拒むかのようだった。
しかし、怖いもの見たさからか、男はノートに目をやる。
ズキン、と、衝撃が走る。と同時に何かの映像が頭をよぎる。これはなんだ。人のようだ。誰だ、知っている人か。女のようだが…
様々な感情が頭の中をグルグルと回る。
ノートをめくっていると、なにやらワンピースを着た女の子の絵が描いてあるページが目に入った。
この絵は一体。まてよ、この女の子、見たことあるようなきがするぞ。
はて、どこでだったかな。ページをめくる。
その瞬間、男は悲鳴をあげた。
「なんだこれは。赤黒く、べったりとしたこれはまるで…」
そう、まるで血液のようだった。
血…女の子…まてよ。何かが…
頭の中に浮かぶ血しぶき、女の子、誰かの目、口。
聞こえてくるおいしいという言葉…
次々に頭の中に浮かぶ。繰り返し、繰り返し。
血、おいしい、女の子、おいしい、眼球、おいしい、血濡れた口、おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしい…
そうか、そうか。すべて思い出したぞ。
俺はもう、五年前に…
目の前が真っ赤になった。
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その男は、自分が死んでしまっている事にも気づかず、何度も何度も荷造りをしては押入れの奥にノートを見つけ、それを思い出し、気を失い、また気がつくと何もかもを忘れ、また荷造りをはじめ、そしてノートを見つけ…
いつまでも終わらぬ荷造りを、男はずっと繰り返しているのだった。
酷く荒れはてた家がある。
その家の一室に、荷造りのしかけた箱や、紐で縛られた雑誌などが置いてある。
誰も立ち入る者はいないはずだが、時折何かの気配があり、荷物の位置が微妙に変化しているらしが…
果たして。
5年前のノート いざよい ふたばりー @izayoi_futabariy
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