父親と息子
息子が就職をした。
一浪して、約一年留学して、二十四歳で社会へ出た。
脱いだ服はそのまま、食べた納豆のカップもそのまま。
一日に顔を洗った回数だけのタオルが洗濯物となる。
アルバイトにもあまり行かず、ほとんど収入はないのに服や靴にはこだわりを持つ。
バスがある時間でも駅まで迎えに来いという。
母親はいい加減にしてと言いながら、いそいそとお迎えに馳せ参じる。
自分が学生だった頃は、稼いだお金は半分は生活費、服や靴なんかにお金はかけられないどころかアルバイトは賄いつきが絶対条件、コンビニの弁当はおろか、カップ麺さえ高くてなかなか手が出なかった。弟もいるし、親にはこれ以上の負担はかけたくないと思っていた。自分と比べるのはおかしなことだとわかっていても、二十四歳にもなろう男がなにしてるんだと不快だった。
そんな感情は伝染するのか、一緒にいると奇妙な間が生まれ、それが埋められない。黙っていても話をしていても違和感がつきまとうようになった。
うちら親子は、母親と娘のように親子の隔たりがなくなり仲良くはなれなかった。
これが社会人二年目ならまた違うのか。
父親が企業の中で社会的地位を確保していたら違うのか。
年収が一千万円を超えていたらどうなんだろう。
片付けができたら、金銭感覚が似ていれば苛立たないのか。
誰のせいだ? どちらか悪いのか?
きっと、誰のせいでも時代のせいでもないのだろう。
昨日、会社の寮に入るからと家を出て行った。
背中を見送ることもなかった。
息子の部屋はまだ物がたくさんあるし、どうせ、すぐにまた帰ってくる。
彼女宅に頻繁に泊まっていたから、いなくなってもそんなに寂しくは感じないか。
遠く故郷の親父を想う。
学歴のない親父は、東京の大学へ行けと言った。
私が十八歳で家を離れたとき、どんな気持ちでいたのだろう。
思い返せば、私も親父と将来について語り合ったことはない。
親父は息子と語り合えるほどの世の中に対する常識が自分にないことを知っていた。
ヤンキーが蔓延るド田舎から離れて一人暮らしを始める息子に、しっかりやっていけるのかと心配の言葉もなければ、励ましの言葉を聞くこともなかった。
もうここで一緒に生活をすることはないと考えも及ばなかったのか。
父親になって息子のためにと思うことは山ほどあったが、はたしてそれがうまく伝わったのか。今、息子が離れて行った父親として感じ入ることがある。
尊敬される父親でありたいわけではなく、自分が親父として息子に精一杯の愛情を注いでやれたのか否か、いろんな選択肢を与えてやれなくて彼の才能を潰してはいないかを自分自身に問うてみる。
もう遅いんだよな。
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