表参道駅交番にて

 ピンク色の小銭入れを拾った。中を確認したら部屋の鍵と自転車の鍵とカタカナで名前が書かれたsuicaと小さくたたまれた一万円札。

 面倒だなと思ったけれど、そこはオリンピックを控えた日本人の美徳、落し物は警察へ届けることにした。ここから一番近い交番は、表参道交差点にある交番。

 自転車に乗って、わざわざ届けに行った。そう、このわざわざという気持ちは拭えない。

 到着すると、巡回が終わって交番に戻ってきた、いわゆる、おまわりさんたちは一仕事を終えて状況報告を兼ねて、交番で待機していた仲間と一緒にわいわいと話を始めた。

 こちらは切り出すタイミングを伺って立っていた。誰もが私に気づいているにもかかわらず、誰かが話しかけるのを待っている様子がはっきりとわかる。

 「なにか?」

デスクに座っていた人が、そのまま私に問うた。

「落とし物を届けに来ました」

上目遣いに私を見て、聞こえるため息をついた。

「なにを拾いました?」

落とし物ごとき、かなり面倒くさいんだろうな。私が3歩進んで、何も言わずにデスクにピンク色の小銭入れを置いた。まだ20歳台だろうおまわりさんは、それを手に取って調べ始めた。

「鍵とsuicaだけですか?」

え?それを私に聞くのか。

「さぁ」

私の曖昧な返事さえ聞かずに

「あー、一万円が入ってるわ。報労金を受け取る権利と所有権はどうしますか?」

「放棄します」

「じゃあ、ここにサインを」

書類には細かい文字がびっしりと並んでいて、いくつか記入しないといけないのかと思う空欄があるけれど、言われた通りの欄に名前だけを記入した。

「ありがとうございました」

きょとんとした。以上、終わり。

 私は小学生以来になるかな、50歳を超えて久しぶりに落とし物を交番に届けた。2017年にもなると落とし物を拾った場所や時間を一切、おまわりさんは聞かないのか?


わざわざ届けに来た人に対して、この受け取る側の態度。いいことをしたから褒めてくれってわけではないが、この腹が立つ残念な気持ちが、落とし物を届ける人を少なくしてしまう。憐れむべき日本の東京の事実。

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