一日一善。通勤電車の中で

 雨の日の朝の田園都市線は、止まらないで動いてればいいんだと自分に言い聞かせる。きっと、みんな、そう思ってる。これくらいの混雑はまだ優しいもんだと。必ず車両の連結部分に立つようにしているけれど、今日はそうもいかない。

 電車に乗り込んだ途端、銀のポールにつかまってはいるが、背中を丸めて、口は半開きで目は虚ろ、まばたきの速度もかなり遅い女性を見つけた。

 気分が悪いんだ。

 目の前の座席の人たちは、知ってか知らずか、寝てる。この時間の椅子取りゲームは熾烈を極めるからしかたないんだろうが。

 でも、電車を止める状態になったら、何万人の私が困る。

 誰か、この女性に気づいて席を譲ってあげてと願う。それなら私の目の前に座っている男性に状況を説明すれば、たぶん、おそらく、きっと席を譲ってくれる。かも知れない。と思うけど。でも、ほんとうにツラいのであれば本人が助けを求めるかな。

駅に停車するたびに、私の左斜め後ろに立つ彼女の近くの席が空かないかと気になる。

 溝の口。多くの人が動いたけれど席が空いた気配がない。駄目かと思ったその時、私の目の前の男性が驚いたように立ち上がって、下車した。その席に座る一番の権利を有するのは目の前に立つ私。反射的に左後ろを見た。すると私の左横に立っていた男性が私の顔を見てる。あなたが座らないんなら私がって顔してる。つり革から放した左腕を伸ばして彼女の肩を叩く。左横の男性には、失礼だったけれど、右手で待ったをかけた。急に肩を叩かれた彼女は、ビクっとして首をすくめて私を見る。

 こっち空いたから座って。

すぐに現状が理解できた彼女は、ためらわず席へと座った。

 ありがとうございます。

鞄には、ピンク色のマタニティキーホルダーがついていた。

待てを喰らった左横の男性も納得してくれた様子。

ピンク色のマークがあれば優先されるのか? 朝の田園都市線にその身体で乗り込むってことは、混雑による緊張感は覚悟の上だろう。賛否両論あろうが、私は、ここで彼女が倒れて電車が停まることを避けたかった。

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