食事と性行為
お昼時、同僚と一緒にがやがやとするレストランでのこと。
僕が座っている場所は、入口がよく見える。ということは逆に考えたら、お店に入って来る人からもよく見える席。個人的にはこのお店の末席だと思ってる。案内してくれた店員さんにはそんな感覚は皆無。だからと言って、席移動したいなんて言わない。面倒な奴だって嫌な顔されるのはわかってるし、そんなことで無駄に時間を使いたくないから座ってる。向かいに座った同僚にはそんな繊細な感覚はない。
にぎやかなのか、騒がしいのか微妙な店内。人の気配がこんなに詰め込まれると圧倒される。しかし、みんなどうしてこの時間にはごはんなんだろうね。後ろの席の女の子なんて、わたしそんなにおなかすいてないーって言ってる。じゃあ、ガロニたっぷりのハンバーグなんか食べに来なければいいのに。
その女の子はコートのポケットに手を突っ込んだままお店に入ってきた。華奢な身体の割には歩幅が広くて回転数が早く、身体の上下の揺れが激しい。こういう女は抱くと身体の線と対照的に、大味だ。
同僚の隣、僕の斜め前の席へ向かってくる。店員さんが引いてくれた椅子にコートも脱がず、もちろんポケットから手も出さず乱暴に座った。そのままテーブル上のメニューを覗き込んで、3秒、すみませんと店員さんを呼ぶ。お水が運ばれてきてからでいいでしょう。
これくださいと指をさす。あ、喋れるんだ。目鼻立ちも薄いけれど、その細すぎる鋭角な顎の線には頼りなさを覚えた。やっとポケットから出した右手には当然、携帯電話が握られている。コートのボタンを外すけれど、脱がないんだ。左手はまたポケットへ片づけられた。
その女の子はたまに携帯電話から視線を店内へと向ける。そして、時間を確認する。組まれた脚は退屈そうブラブラと揺れている。お待たせしましたとハンバーグが到着。ちょっとだけお尻を前へとずらす。すぐに箸をとり食べ始めた。コートぐらい脱いだらいいのに。
同僚は昨夜、ナンパした女の子のことを話している。横に座っている女の子には気がついていないようだ。楽しそうに話す同僚の顔を見ながら僕も箸を進めた。
ふと、その女の子を見ると、なんとまあ、右手一本だけでごはんを食べている。
柔らかいハンバーグだから問題はないんだろうけれど、食べづらくないか?
あ、左手にはなにか問題があるのかな。右手はお皿と口の往復を止めることはないんだ。
まだ飲み込んでいないのに次のものを口へ入れたら味もへったくれもないじゃない。まだ肉が口に残ってるでしょうに、もう人参、もうポテトを放り込むんだね。当然、しっかり噛んでいるわけがないし。ま、そうだろうね。そうじゃないとそんな顎にはならない。
たまに携帯電話を覗き込む程度の動きで、前かがみの姿勢もほとんど角度を変えない。ごはんを食べる時は背筋は伸ばしなさいって言われなかったか?
スープの中にごはんを入れるんだね。お皿に残っているごはんつぶは、きっとそのままだよね。ハンバーグの乗ったお皿には細かい肉があちこち残ってるし。かじっただけの野菜もある。紙ナプキンは何枚も重ねて使ってるし、使い終わって丸められたものが幾つも転がっている。乱雑。汚い。15分で完食とは速い速い。
アイスコーヒーが運ばれてきた。あ、左手を初めてポケットから出した。問題ないってことは、そういう食べ方をする女の子なんだ。
同僚がその女の子を見た。僕の注意が他に向いているのがやっとわかったようだ。いやいや、そんな気持ちで女の子を見ているわけじゃないから。
こんな食事の仕方をする人は性行為も同じだから。食事を摂る行為と性行為は、動物的行動としてレベルは同じ。人は性行為は恥ずかしくて見られたくないというのに、食事は平気。穴にモノを入れて分泌物を出すんだから同じ行為でしょ。
きっとこの女の子との性行為は、終わったとき、いろんな汚さに嫌気を覚えるよ。
食事の風景は、そんなもんだ。
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