微糖

放課後、教室を出て1年生の階に行くとすぐに京子ちゃんに会えた。

話したいことがあった。

今すぐに。

一度あふれかえった疑念は隠すことができなくて、自分の馬鹿さを感じる。

それでも言わないと先に進めそうになかった。

「あれ直哉先輩。1年の階にいるなんて珍しいですね」

「京子ちゃんに用事があって。ちょっといい?」

「はい。部活まででしたら」

快諾してくれた京子ちゃんがかわいいような悲しいような気持ちで校舎裏に向かう。

放課後の屋上は吹奏楽部が練習しているかもしれないし、そうでなくても人気スポットだから避けたかった。

「いかがなさいましたか?」

「あのさ、別れようか」

「え……?」

言った。

言ってしまった。

京子ちゃんは不思議そうな顔でこちらを見ている。

でもすぐに真顔になった。

「やはり私は面倒でしたか?」

「そうじゃない。俺は今でも京子ちゃんが好きだ。大好きだ。

だけど、だけど京子ちゃんは俺のことを好きじゃないだろ。

京子ちゃんが好きなのは啓介だ。君がそのことに気が付いているのか、意識しているかどうかは知らないけど、少なくとも俺じゃない。

そんな状態でこれ以上一緒にいるのは辛い」

「私が直哉先輩を好きではないことは最初からわかっていたはずですが」

「それはわかっていた。そうじゃない。その上で俺じゃない誰かを好きでいるというのが辛いんだ」

そうですか。と京子ちゃんは頷いた。

彼女は、自分でわかっているのだろうか。

自分が啓介を好きだということを。

それが態度に出ているということを。

「私は……そうですね、きっと啓介先輩のこと好きなんでしょうね。

だから都合よく直哉先輩に近づいたのかもしれません。

意識的なことではありませんでしたが、そのことで直哉先輩を傷つけてしまったことを申し訳なく思います」

すらすらとよどみなく言う。

それが余計に胸に刺さった。

「そっか」

それ以上言えなかった。

俺にはもうどうしようもなくて、すげえ泣きそうで悲しくて。

「直哉先輩、泣かないでください」

「今更そんな我満言われても」

「ごめんなさい。ごめんなさい。それしか言えないです」

「とにかく……、俺はこれ以上京子ちゃんと一緒にいられない。どうせまた部活であうんだけどさ。

それじゃあ、ありがとう、さようなら。」

なんとかそれだけ言って走り去った。

もう無理だった。

適当に走ってとりあえず校舎に入り2年生の階にくる。

そこで誰かとぶつかりそうになる。

「あ、ごめ」

「……、大丈夫?」

「だいじょうぶ……て、嘉木さんか」

ぎりぎりで俺を避けたのは嘉木さんだった。

泣いてる俺を見て眉間にしわを寄せた後1組の教室に引きずりこまれる。

中には誰もいなかった。

「全然大丈夫に見えないけど」

「うん、ごめん、嘘ついた。全然大丈夫じゃない」

「わたしここにいていいの? いない方が良かったら帰るけど」

「いや、いい。むしろありがと」

仲良くない女子の前で泣くのは恥ずかしいけど、今一人になったら本格的に号泣してしまいそうで、悲しみに飲まれてしまいそうでそれは嫌だった。

だからといって嘉木さんに泣き縋ったりはしないんだけど。

「嘉木さんはさ」

「うん?」

「啓介のこと好きだったりする?」

「どうかな。好きじゃないと思うよ。やっと友達っぽくなれてそれで満足してる」

そっか。

ならよかった。

それなら京子ちゃんと嘉木さんで啓介を取り合うようなことはない。

なんて自己満足なんだけど。

でもそれで京子ちゃんが悲しむようなところは見たくなかった。

「なんで泣いてるのか聞いた方がいい?」

「たいしたことじゃない。彼女と別れただけ」

「早くない? 最近付き合いだしたばかりだよね」

それは啓介から聞いたのだろうか。

あいつ、そんなことも嘉木さんに話してたんだ。

思ったより仲良くやってるんだな。

さっき嘉木さんは友達っぽくなっただなんて言っていたけれど、十分友達じゃないか。

「元から彼女は俺のこと好きじゃなくて、それを無理に頼み込んで付き合ってたから。

でも俺がそれに耐えられなくなっちゃった」

「なにそれ自分勝手」

「そうだな。俺、自分勝手だな」

嘉木さんは冷たい顔をするとスマートフォンを取り出してどこかに電話を始めた。

それはすぐに終わって、こちらに振り返る。

「この後用事とかある?」

「いや、ない。あーー、でもちょっと待って。部活休むって連絡する」

スマートフォンでぽちぽち部長に連絡するとすぐに好きにしろと返事が来た。

よかった。

後が怖いけど、今はまあいい。

嘉木さんに声をかけようとしたら教室の前の扉が開いて啓介が入ってきた。

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