アイス食べる?

変な女に絡まれて数日後の昼休み。

寿直は日直の仕事で職員室に行っていて、直哉は部室で昼飯を食べると言って不在だったので、別のクラスの友達と昼飯にしようと廊下に出た。

それが間違いだった。

目の前には見知らぬ女。

差し出されているビニール袋。

「なんでしょうか」

「この間はごめん」

この間……?

「あーー、失礼な女」

そう言えばこんな感じだったっけ。

小柄で髪が短くて目が真ん丸なの。

「ちがっ、ちがく……ないけど。その、ごめん。笹井君が嫌がるようなこと言って」

その女はうつむき加減で口を曲げて謝っている。

ちっとも謝っている態度には見えないんだがな。

「まあ俺も悪かったよ。無視したり腕払ったりして」

「それは、それは、それもたぶんわたしが悪かったから」

「そうか? そうかなあ。で、なに」

「あ、えっと、お詫びにこれ」

「?」

「アイス、食べる?」

なんでアイス。これから昼飯だっての。それに知らない人から食べ物をもらってはいけないと躾けられているのだ。

そう易々と見知らぬ女から食べ物をもらうわけにも、それでほだされるわけにもいかない。

「いや、知らない人から食べ物とかもらえないから」

「知らない人?」

「お前は俺のこと知ってるかもしれないけど、俺はお前を知らない」

「同じ学年なのに?」

「うちの学校1学年何人いると思ってんだよ。全員のことなんか知るわけねえだろ」

女はしょんぼりした顔でうつむく。

面倒になってきた。腹減ってるし、時間は刻々と過ぎていく。

なんだって二度も見知らぬ女に時間を取られなきゃいけないんだ。

「そういうことだから」

適当に言ってその場を去る。

と、後ろから声が聞こえた。

「わたし、嘉木真下! 嘉木でも真下でも好きに呼んで!」

俺は振り向くことなく歩く。

あの女の名前など、数秒で忘れてやろう。


「あ、けいすけってばまーたかぎさんと揉めたんだって?」

昼飯を食べて自分の教室に帰ると、俺の席で寿直が足をぷらぷらさせていた。

忘れてやろうと思ったのに名前、思い出しちまったじゃねえか。

「なんで知ってるんだよ。名前とか、揉めたとか」

「名前はこの間啓介が逃げた時に聞いたの。揉めたのはクラス中が知ってる」

そうか。まあ教室の前であれだけ騒いでりゃ気づくよな。

ていうか嘉木は一体なにがしたいんだ。

なんだって俺にかまってくるんだ?

「あ、アイスあげる」

「サンキュ。なんで嘉木が俺にかまうか知ってるか?」

「さあ? それは聞いてないから知らないなあ。ちなみにそのアイス、嘉木さんにもらったやつだから」

「おい、ふざけんな。食っちまったじゃねえか」

「ちゃんとお礼言いな?」

「誰が言うか!」

とはいえ食べかけのアイスを捨てるのも気が引けるので全部食べる。

アイスに罪はないしな。毒とかも入ってなさそうだし。

「面倒だよなあ」

「啓介にとってはそうだろうね」

「どうせ姉貴がらみなんだろ……。ふざけんなっつうの」

「啓介は笹井先輩嫌いだねえ」

「そうじゃねえよ」

別に姉が嫌いなわけじゃない。姉に関連して騒ぎ立てる周りの連中が嫌いなんだ。

おかしいよなあ。昔はそうでも……いや、昔からそうだったか。

出来る姉と普通の弟。

姉に近づきたくて俺を利用しようとする連中。あの嘉木って女もそういう類なんだろうな。

どうにかして、俺には利用価値がないことをご理解いただかないと、ずっと付きまとわれるんだよなあ、ああいうの。

アイスの棒をゴミ箱に放り込みつつ、人間関係もゴミのように捨てたくなった。

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