丁重にお断りします

「笹井啓介君!!」

教室間を移動中、見知らぬ女の声で名前を呼ばれた。

あれだ。こういうときは無視した方がいい。

知らない人に名前を呼ばれる時なんて碌な時じゃない。

「笹井君! 笹井先輩の弟さーーん」

ほら見ろ。碌なことじゃない。

俺を姉の弟扱いするやつに碌な奴はいない。

この17年間の人生で学んだ教訓だ。

「ねえってば、無視しないでよ」

腕をぐいっと引かれる。バランスを崩しそうになるが思いっきり振り払って歩き続けた。

俺は俺で姉は姉。

そんなこともわからず、人を誰かの付属品扱いする奴なんか顔も見たくない。

「けーすけー、よかったの?」

「なにが」

斜め前で友人の寿直が首をかしげている。

「今の女の子、泣きそうだけど?」

「かってに泣け。俺は知らん」

「でもさあ」

「なんだよ」

「直哉が全力で慰めにかかってるけど」

寿直の言葉に思わず後ろを向くと、まさにその通りだった。

真っ赤な目でこちらを見つめる女。

優しい顔で慰める直哉。

なんだあいつら。

これじゃあまるで俺が悪者じゃないか。

いや、悪者なんだけど。けど100%俺が悪いかって言ったらそんなことはないと思う。

「啓介」

「なんだよ」

「謝らなくていいの?」

「うるせえな。直哉には関係ないだろ。

そもそも俺はそいつを知らないし、見知らぬ相手を誰かの付属品扱いするような失礼な女になにを謝るんだ」

言い捨てると女はハッとした顔でますますこちらを見つめてくる。

ああ、鬱陶しい。

寿直も直哉も呆れたような顔をするし、周囲には野次馬が群がるしで碌なことがない。

だから、嫌なんだ。

ひとつため息をついて放置することを決めて、次の教室へと向かった。


授業が終わって席を立つと寿直と直哉に咎められた。

「けーすけ、さっきのはないんじゃないの」

「そうそう、感じ悪いだろ」

「……」

そりゃさ、俺だって悪かったよ。

1ミリも俺は悪くないだなんて思ってない。

けどさあ。

「まあ『笹井先輩の弟』だなんて初対面で呼ぶ方も呼ぶ方なんだけどさ」

「だけどそうじゃなくても啓介は振り向かなかっただろ」

「振り向かないだろうな」

「なんでそんなに愛想が悪いかなあ」

なんでって言われてもな。

面倒だろ。知らない相手とか。

これがバイト中とか金もらってんなら対応するさ。

けど今はそうじゃない。見知らぬ相手にかまってやる必要なんてこれっぽちもないだろ。

「面倒だろ。知らないやつの相手とか」

「その割にけーすけは友達多いんだよね。ふっしぎー」

「それとこれとは別問題だろうが」

友達の相手はする。だって友達だから。

けど本当はそれだって大分面倒なんだ。

言ったら寿直も直哉もますます呆れるだろうから言わないんだけどさ。

「それはそれとしてさ啓介」

「うん?」

「さっきの子、教室の外で待ってるけど」

「マジかよ」

「マジだよ」

直哉に言われて出口の方に視線を向けると、確かに女が立っている。

時折こちらをちらちら見ながら。

わあ、鬱陶しい。

「どうすんの」

「逃げる」

そう言って教科書とノートをひっつかんで、ダッシュで出口に向かう。

例の女がこちらに向かってくるが、そんなものは無視して何とか自分の教室にたどり着いた。

無駄に疲れたが、あの女にかまうともっと疲れていただろうからこれでいいのだ。

しっかしなんなんだろうな、あの女。

髪型はさっぱりしたショートカット。

化粧はしてなさそうだった。何故なら泣いても目の周りが滲んでいなかったから。

背はかなり低い方だろうか。

小柄だが華奢という感じではなかった。

スカートは短め。

うん、全く全然これっぽちも知り合いじゃないな。

今後付きまとわれたりするんだろうか。

やっべ、面倒くさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る