そこにいる誰かをぼくは探していた
水谷なっぱ
プロローグ
暑い夏の日、彼は彼女は君は俺は誰かを探していた。
それが誰であるかなんてわからないし、本当に実在するのかどうかもわからないけど、それでも求めないわけにはいかなかった。
だってそうだろう。
その人こそが自分にとっての半分なんだから。
そんな文章を読んだ。
俺は果たして誰かを探しているのだろうか。
熱に一人で生きていると思うほど傲慢でもないけど、誰かに完全に依存しなくては生きていけないほど軟弱だとも思わない。
「けーーすけーー」
後ろの方で友人が呼んでいる。
振り向かなくてもわかる。
この声は寿直だ。
新崎 寿直(あらさき すなお)。クラスメイトのいわゆる愛すべきバカ。
嫌いじゃないし、むしろ好きだけどたまに面倒になる。
寿直がじゃない。人付き合いが、だ。
なんてつらつら考えていたらもうひとつ声が聞こえた。
「笹井啓介(ささい けいすけ)君。笹井啓介君。クラスメイトがお呼びです」
こちらは降田 直哉(ふるた なおや)。
穏やかで柔らかいやはりクラスメイト。
そろそろ振り向かないとなにを言われるかわかったもんじゃないので振り返ってやるとしようか。
「素直、直哉、うるさい」
「うるさいとはなんだーーー」
「なになに、啓介機嫌悪いの?」
憤慨したりへらへらしたりしながら素直と直哉がこちらに向かってくる。
二人の手には箒と塵取り。
「けいすけも掃除当番だろ!? さぼっておいてその言い草はなんだよ」
「あーー忘れてた。わりい」
「じゃあゴミ捨てしてきて」
「え」
「「よろしく」」
いい笑顔の二人に腕を引かれる。マジかよ。
ゴミ捨て場結構遠いしそのゴミの山はちょっと。
思いっきり眉間にしわを寄せてみせるが寿直も直哉もお構いなしにゴミ袋を俺に持たせる。
「いってらっしゃーーい」
「ちゃんと捨ててくるんですよ」
「くっそ、覚えてろ」
ここまでされたら逃げようもないわけで。俺はゴミ袋×4つをひっつかんでゴミ収集場へ向かった。
俺らの通う菱形高校は4階建てで、一番上が1年生で学年が上がるごとに階が下がり、教員たちは1階に部屋を持っている。
これは年々足腰が衰えて上に上がるのがつらくなるからだ、なんて入学時のオリエンテーションで聞いたような聞かないような。
俺は2年生なので3階に教室がある。
つまり校庭の隅っこにあるゴミ収集に向かうためには階段を下らなくてはいけないということだ。
そんなことはどうでもいい。
問題は途中で3年生のいる2階を経由しなくてはいけない。
そのことの何が問題かといえば、姉がいることだ。
俺の姉である笹井祥子も正直言って校内で会いたくない。
まあ学校の中で身内に会いたい奴なんかいないんだろうけど。
にしたって会いたくないのだ。
何故か。
彼女がものすごい人気者だからである。
成績優秀スポーツ万能器量良しの体系良し。
なんなら愛想もいいし感じもいいし、ついでに性格もいい。
ひとつ難点があるとすれば、やはり同じ高校に通う従妹が好きすぎるくらいだろうか。
それも最近大分マシになったけど。
そういう姉を持つと弟ってのは結構面倒な思いをする。
やれ笹井弟だの、先輩の弟だの、姉と比べて弟はなあ……みたいな。
そうやって比較されたくないから会いたくないんだ。
なにより姉は俺に興味ないし。
相手の眼中にすら入らないのに比較だけされるっていうのは結構堪える。
もうそろそろ慣れてもいいんだけどな。かれこれ17年間比較され続けてきたのだから。
なんて考えているうちに校舎の外まで来ていた。
よかった。姉には会わずに済んだようだ。
ゴミ収集場にゴミ袋を放り込んでため息をひとつ。
くるっと振り向いて教室に戻ろうーーーっ!?
「おお?」
「わっ、ごめんなさい!」
振り返るとそこには女子がいて、思いっきりぶつかってしまった。
彼女はどたっと尻もちをついてあわあわしている。
別にそんなに謝らなくたっていいのに。
ぼんやりしててぶつかったのは俺なんだから。
「ごめん。大丈夫?」
しゃがみこんで女子を眺めると彼女はまた変な声を上げてばばっと後ずさる。
俺なんか変なことしちゃったのだろうか。
「あの?」
「わ、わわわわわ!? ご、ごめ、すみませんでしたーーーーー!!!」
そして勢いよく立ち上がると猛然と走り去っていった。
その場にはゴミ袋が3つほど落ちている。
せめて捨ててから逃げろっての。
ゴミ袋を捨てつつため息をついた。
「ゴミ、捨ててきた」
教室に帰るとすでに直哉は部活に行ったのかいなくて、寿直がぽちぽちとスマホをいじっているだけだった。
他のクラスメイトもいないから待っていてくれたのだろう。
「おつかれい」
「ああ、疲れたよ。直哉は部活?」
「うん。陸上部。最近頑張ってるみたい」
「直哉が部活で頑張ってんのは前からだろ」
「そうじゃなくて」
寿直はにやっと嫌な笑みを浮かべる。なんだろう。聞きたくないな。
「変な話なら聞かないぞ」
「変な話じゃないよ。なおやの話。ほらさー、なおやって4月末くらいから部活頑張ってるじゃん?
なんかマネージャーにかわいい子入ってきたらしいよ。1年生。
それで張り切ってるんだね」
そうなのか。直哉にそんなかわいらしいところがあったとは知らなかった。
というか年下好きだったのかあいつは。
「けいすけはそういう浮いた話ないの?」
「ないよ」
寿直の下心満載の質問を切って捨てる。
そういうのに興味ないんだ。友達付き合いですら面倒だというのに、何故そんな人付き合いを増やさなくてはいけないのか。
時折、誰か他人ー家族含めてーと同じ空間にいることすら煩わしいときがあるというのに。
彼女なんてできたら毎日連絡とって毎週デーとして毎月記念日作るんだろ?
無理無理。
面倒くさすぎる。
「そういう寿直はどうなんだよ」
「おれは今運命の相手を探し中だから」
「運命の相手」
「けいすけ、今馬鹿にしただろ」
「したよ」
「素直すぎるだろ」
なんだよ運命の相手って。お前は女子中学生かと。
そんな都合のいいものいるわけないじゃないか。
「けいすけはわかってないなーー?」
「なにがだよ」
「運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ」
「はあ?」
「つまりさ、理想の相手を探してるんだよ。おれ、夢見がちだから夢中になれる相手じゃないと嫌なの。
一緒に夢見てくれる女の子募集中」
駄目だ。
ちっとも意味が解らなかった。
けど一つ言えることは寿直がそれなりに本気だということだろうか。
本気でまだ見ぬ誰かを探すのはどういう気持ちなのだろう。
「寿直さあ」
「ん?」
「バカだよなあ」
「知らなかったんだ」
いーや、知ってた。
けど改めて思ったんだ。
やっぱり俺は、寿直のようにも直哉のようにもなれない。
きっと最後の最期は一人きりになるんだろう。
それが怖いようにも、それでいいようにも思えた。
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