真昼の公園

@la_vie_en_rose

第1話 和泉(いずみ)

私は非力だ。

何から何まで非力だ。目の前で怒鳴っている両親に口答えすることもできない。


さっきから換気扇の音がうるさい。

ラーメン屋の店主の怒号がうるさい。

隣の客の目線がうるさい。

何から何までうるさい。

耳をつんざいてはない、心を、皮膚をつんざいている。


帰りたい。帰りたい。

でも帰っても両親は私を怒鳴り続けるだろう。

何も変わりはしないだろう。



ああ、自分の声もうるさい。

両親の声も、換気扇もうるさい。

全部がごちゃごちゃに混ざって、団子になって、私にうわーーって飛びかかってくる。

世界がうるさい。

私にとって世界は、極彩色という極彩色同士がぶつかり合い、喧嘩しているような場所だった。


「帰るわよ」


散々怒鳴りつけて気が済んだらしく、

立ち上がって母は言い放った。


ようやく解放される。


父が口をクチャクチャ言わせながらお勘定を払い、

母は苛立った様子で髪をまとめた。


私はラーメン屋の隅で、靴の裏の、普段は気にも留めない様な汚れを

床にこすり付けて落とし、隠した。




父は堕落しきった中年サラリーマン、母は専業主婦。

経済的には、多分、不自由の無い家で暮らしていた。


家に着くと、父は玄関に上がったとたん服を脱ぎ始めた。


「ア~ッ、暑い暑い」


油だらけの足の裏をベタンベタン言わせて、居間へと駆けていった。

母がその後を追いかけて行く。



「お父さん、和泉の学校の話だけどね・・・」



母もいなくなった。




ああ、嫌だなあ。



真ッ暗な玄関に一人取り残された私は、

自分の靴を脱ぎながら、明日のことを考えていた。


―――学校ね。


行きたいと思わないから、行きたくない。

それってそんなにおかしいこと?


勉強は好きだった。

むしろ、私は、学校は一人で勉強さえできていれば良かった場所だったのに。


―――のに、 何だ 。


ドスドスわざと大きな足音を立てながら、二階へ上がった。

こんな抗議しかできない自分に腹が立った。



「悔しくないの?和泉、分かってもらいたいんじゃないの?」



心の中の私が話しかける。




いいの。




私は絶対に両親に自分の「こちら側」は見せないんだ。

頑なに心に誓った。


私が今行けるのは近くの公園ぐらいだった。けど、

ここよりずうっとずうっとマシだ。

明日は公園に行くんだ。



私は伸びすぎた髪をひるがえしながら、


部屋へ入り、戸を閉めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る