デストピアと暮らそう!

柳 直彦

第1話 執事とお嬢様

 人類が大きな、それは大きな戦争をはじめ、殆どの生命が命を枯らし、幾年の月日が流れ、島国なのに大国と呼ばれた、大きな島の中の、大きな、それは大きなお屋敷の中の小さな、それは小さな女の子のお話。

 

 「コータロ、ご飯まだー?」

 

 外はずっと暗く、ガスの様なもので濁っている。お屋敷の中にある大きな洋室に、真っ赤なソファの上に寝転ぶ、黒で簡素なワンピースに身を包み、小さな頭、艶やかな黒色の長い髪を携え、白く透き通った肌と。全てを吸い込み包み、込んでくれるような、琥珀色の目。ぷっくりと膨らんだ小さな淡い唇を、彼女なりに大きく口をあけ不機嫌そうに言った。

 

 コータロと呼ばれた、錆び付く空色の成人男性程の大きく、四角い箱が集まって出来た、人型のブリキ型ロボットに対し、その言葉を投げ掛け、コータロと呼ばれた『ソレ』の背面から、右上前方に伸びる、蓄音機のホーンの様なものから、鈍く響く音が出る。

 「あと五分と四十五秒で、牛肉のステーキと、レタスサラダが出来上がルノで、ガキみたいにぎゃあぎゃあ嘆かず、待ちやがって下さい、麻美あさみお嬢様」

 いつも口の悪いロボットだ。と言わんばかりにほほを膨らまし。

 「偽物でしょ。んー、麻美まてないよー」

 足をじたばたさせ、その様はそのまま子供がごねている風景だ。コータロはやれやれといった風に、軋む音をたてながら首を左右に振る。

 「十五歳にもなってはしたない、しかもいつも言っていマスが、自分の事を名前で言うのはやめなサイと言いやがっているでしょう、旦那様にワタクシはどの様な顔で……。いえ、顔は旧式のロボなので変わりませんが、これはワタクシなりの比喩でしてつまり――……」

 コータロは、震えたような音で慌ただしく喋り、蒸気を色んな所から吹き出す。四角い箱の側面から伸びる腕が、慌ただしく空をさ迷わせながら、ずっと喋り続けている。麻美はそれを一瞥し、小さくため息をつきながら。

 「今年で十六だもん、お父様が作ったAI(人工知能)より、そのロボットを作った会社のAIの方がよっぽどマトモね、なんでうちのロボット達はこんなにも『ヒト』みたいな思考をしてるのかしら」

 その言葉を放った刹那、やってしまったという困った表情を、麻美はこぼしてしまった。


 ―― ああ、またやってした ――

 

 その言葉を皮切りに、ブリキのロボットは自分の体をうるさく鳴らしながら、こう喋るのだ。

 

 「お嬢様! ワタクシは旦那様からもらったこの頭脳に誇りをもっていやがりますよ、人間らしくありタイのです。旦那様はお嬢様にご友人の様、共に成長していけるようにとワタクシを作りやがったのに、麻美お嬢様は旦那様とワタクシの愛溢れる思いを無下にしやがるするおツモリですか? 大体お嬢様には――」

 

 それを遮る様に麻美は。

 「コータロ! ご飯もう出来ているんじゃなくて? サチコが通れないし、麻美は、お腹が空いたわ」

 コータロは麻美の視線を追いながら、首だけを回し、丁度真後ろのドアのある方に視線を向けると、そこには人型のロボットが、食事のトレイを持っていた。真っ白で光沢のあるボディに、間接やボディパーツの繋ぎ目は緑色に発光している。

 頭部は丸みを帯び、四角いゴーグルが目立つ。口元はガスマスクの様に飛び出ているスピーカーがとても印象的だ。そこから綺麗な女性らしい音が発せられた。

 「お嬢様、お食事をお持ちして参りました、コータロは退いていただけますか? お部屋に入れませんよ」

 コータロはまた、軋む音を出しながら大きな体を動かす。

 「アアア、大変申し訳ございません、サチコ。ワタクシメとんだ失態でございマス」

 体を避けつつ、やはり大きな音を立てる、旧式のロボットはうるさいのだ。

 サチコが部屋のテーブルまで、トレイを運びながらコータロに顔を向ける。

 「コータロ、お説教に夢中になるのは良いですが、可動部に熱がこもっていますよ。老朽化が進んでいるのですから、激しい動きはお控えください」

 コータロは頭を少し下に俯ける。

 サチコは、体の腹部が球体関節の様な形になっており、それをヒトでいうお辞儀のように屈むという行為を、容易くさせている。そうして屈むと、テーブルの上に食事が乗ったトレイを静かに置く。再び体の軸を真っ直ぐにし、直立すると食事の説明をはじめた。

 「今晩のお食事のメニューは、合成小麦粉パンおひとつ、高タンパク質合成牛肉ステーキ、菌生成レタスのサラダ、コンソメスープでございます」

 

 世界大戦が始まり、泥沼のまま今でも続いている。皮肉にも戦争のお陰か、科学技術は急速に発展し、食料問題はほぼ解決したと言ってもよいだろう。タンパク質やビタミン等、色々な成分を作るキノコのようなものが、とある科学者によって作られたのだ。その成分を抽出し、専用の容器に入れ売りに出されている。その容器を機械に差し込み、様々な料理をコピー機の如く、機械が作ってくれる。パスタであろうが、ステーキであろうが。しかし味は、本物と言うには違和感がある。


 ソファから立ち上がった麻美は移動して、一人で食事をするには大きすぎるテーブルにある、一人分の食事を見つめた。小さなため息、それは麻美の癖だ。何かにつけてよくため息をつくのは、ここの屋敷にいる『ロボット達』にとって、周知の事実である。

 「毎日毎日、キノコから出来た偽物ばっかり、本物の肉やパンを食べたいわ。小さい頃はお父様がよく食べさせてくれたの、とっーても香りが良くって、味も色んなキノコが混ぜ混ぜになったような、ギザギザした感じじゃなくて。本当に美味しかったのよ……」

 少し寂しそうに、目を細め、小さな手を胸に当てる。

 「さぁさぁ、ぶつぶつ文句を言いやがるマエにお食事としましょう! ああ、美味しそう、本当に美味しそう! ササ、お嬢様、お座り下さいな」

 上下に小刻みに揺れ目のライトが黄色く点滅している、彼なりの感情表現だ。

 「なに?コータロ、気を使わなくてもいいわよ、ちゃんと食べるから」

 ニヤリと口を吊り上げ、コータロを見ながら椅子を引き、臀部に手を当て、ワンピースにシワが付かないようにそっと座り、またひとつ、タンポポの綿が飛ばない程度にため息を、そっと吐いた。

 座ったと同時期にサチコは「それでは、失礼します」とだけ音を発して、部屋を出ていった。

 麻美は金色のナイフとフォークを手に取り、一口の大きさにとても小さくステーキを切り取り、口に運ぶ。ニンニクとモルトビネガーに似ている香りが先に、後からフルーツの様な甘い香りが、食欲をそそる。口に入れ咀嚼する、固さは水分を抜いた絹ごし豆腐、筋肉の筋を模したとわかる程度に解れてゆく。味はイノシン酸やグルタミン酸等のアミノ酸を添加された、人工的な旨味が口いっぱいに広がる。つまり食べられなくはないといった風だ。

 「うーん、やっぱり味がギザギザしているわね」

 「麻美お嬢様、牛や豚のような家畜は、戦争のせいで殆んどいやがりません故、しかも残った牛や豚野郎は、大陸がその殆んどをドクセンしていやがって、我々の様な島国では流通がほぼ無いでアリマス。分かったらよく噛んで、食のありがたみを感じつつ、旦那様が遺してくれた財産を有意義に使いマショウ」

 コータロは常にカクカク動いている。エンジンの音が、オーブントースターの音のように、大きな部屋に響いている。それがまるで時の流れを教えてくれるかのように。

 「まぁ、食べられなくもないし、ご飯には感謝してるわよ。その話何回も聞いたわ」

 

 麻美は、お屋敷唯一の人間だ。だから話し相手はロボットしかいない。屋敷の回りは、鉄筋がむき出しの廃墟ばかり。

 「ねぇコータロ、このレタス、シャキシャキっていうよりパリパリしてる、レシピデータ変わった?」

 「ンー、確か最近サチコがブロウクン社のレシピデータを更新しやがったみたいデスヨ」

 「絶対不具合か設定ミスだわ、サチコに伝えといてくれる?」

 そう言いながら、ポテトチップスを食べた時のような音を軽快にたて、レタスを噛み砕く。

 「かしこまりました、お食事をお楽しみやがれください」

 「楽しい食事は、家族と美味しい食事が必要だわ。お父様は麻美が小さい頃に何処かへ行ってしまったし、お母様は私が生まれた時に、死んじゃって。麻美以外のヒトに会っても大体壊れちゃってるし……」

 

 そう、残っているヒトはそう多くない。放射能や有害物質で、数多くの病が蔓延しているし、生きているヒトも理性と秩序のたがが外れてしまっているのだ。

 しかしまだ、戦争は続いている。ヒト同士が戦うことはもう殆んど無いが、代わりに各国のロボット達が、終わらない悪夢が如く戦っているのだ。

 

 「ムフフ、『壊れた』ヒトは治せませんし『マトモ』なヒトは各々単独行動していやがりますシネ。会うことも難シイでしょう。それに旦那様から、他者と極力接することがないよう、高レベルで命令されていやがりますノデ、我々の心中を察していただきたいデスヨ」

 コータロは手持ち無沙汰なのか、頭部を回転させ、腕を上下に動かす。それを麻美はテーブルに膝をつき、手の甲に顎を置いて微笑みながら様子を見ている。

 「分かってるよ、そういう命令がなければ貴方は自由なのにね」

 コータロは頭部の回転を止め、真っ直ぐに麻美の方に顔を向ける。

 「自由は旦那様から頂いていますヨ、ワタクシメヲは麻美お嬢様の事が大好きでここに残っているのデスよ」

 「はいはい、もうお腹が一杯よ。そろそろ寝室にいくわ」

 麻美は顔を少し赤らめ、目線を少し落としながら席を立つ。

 コータロはドアを開けて麻美を待つ。

 「お嬢様、食後すぐ横になるのはお体に悪いので、お気をつけやがってくダさいネ」

 「分かっているわ……」

 そうして麻美とロボット達のいつも変わらない一日が過ぎてゆく。これが日常。変わらないもの。

 

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