夢の世界で安寧を

雪城藍良

転機

 合唱コンクール間近の秋。

 現実世界に嫌気がさして迷っていた時だ。

何だかクラスでもうまくいかなくて、というか学校のイベント自体大っ嫌いで気分がわるくなる。女子の嫌味とかすごい傷つく。これ以上は単なる愚痴だし、やめておく。


そんな私が八年来の親友に言われたことがまあきっかけの、私にとっての人生の転機がおとずれることになる。



(部活も、クラスも、成績なんてどうでもいい。もうどこかへ消えたい。

先生もあてにならない……もう、いや……死んでしまいたい)

 先生から強制的にスクールカウンセリングと精神科へ行くことへの通知みたいなのを渡されて、最近はちょっと……アレです。精神的にやばいかなーって思って、ちょっと人を呪い殺そうかなぁ、とか、本気で人生終わらしたいなって親友に愚痴ったときだ。


「新たな人生を手に入れたい?あはは、いいよ。ツテはあるし」


 物知り、というか昔なじみの親友に相談すると、何ともあっさりと了承(?)してくれた。信じるも、信じなくともいいと彼女は前置きし、今私が持っている地図に書かれた場所を教えてくれた。

 教えられた道順を進み、見たこともないビルへとたどりつく。

 くすんだビルに似合わない綺麗なステンドグラスがはめ込まれた扉を開け、今まで見てきた世界とは別の場所へと足を踏みいれた。

 甘い香水の匂い。イギリスとかの豪邸にありそうな白をベースとしたデザインの室内。執事服やメイド服を着た店員。今まで見てきた世界とかけ離れた空間に少なからず私は気後れした。

(……彼女はこういうところに通っているのかな)

 親友の意外な趣味かと思っていたら、執事服を着た、思ったよりも若い男性が近づいてきた。

「いらっしゃいませ。当店は会員制となっておりますので、会員証をご提示いただけますか?」

 そんなもの、持っていなかった。

「えっと、友人から紹介されたんですけど、“百合の花とアールグレイを”と言うように言われたのですけど……」

 執事服のお兄さんは「こちらです」と人の良さそうな笑顔は一切変えずに私を奥のほうへと案内した。

「こちらが誓約書です」

 そう言って出されたのは数枚の書類。

 綺麗に清掃されたシンプルな部屋で、窓はなく、無数のランプが天井からぶら下がっていた。

 どうも私は書類と言うものが嫌いで、蟻のごとく無数に並べられた文字を見て例のごとく吐きそうになった。

「お任せします」

 多分私は紙の束を突き返しこう言った。執事服のお兄さんは懇切丁寧説明してくれた。正直ほとんど聞いていなかったけど。ちょっと学校の授業みたいに説明されて、途中意識が飛んだ。……ばれていないと良いな。

 書類をすべて書き終わった後、執事服のお兄さんから紙袋を渡され、更衣室へと移動させられた。

(……ドレス?)

 袋の中に入っていたのは真っ白な細身のドレスで、腰のところに金糸で刺繍がしてある。

 ふわふわした生地は着心地が良く、くるくる回ってはしゃいでみたりもした。

「終わったようですね。では、失礼」

 じゃらじゃらと鎖が鳴る。

 ずっしりとした冷たく硬質なものが手にのしかかった。

「……え?」

 いつの間にか入ってきた執事服のお兄さんは一瞬のうちに私の手に手錠をかけたのだ。

刑事ドラマとかでよく見る細身のやつだったらどんなに良かったことか。

手の厚さと寸分違わない厚みと人差し指から親指の半分くらいの幅をもつがっしりした設計の手枷だった。

「あの………これは、一体なんですか?」

 うかがうように聞くと執事服のお兄さんはわずかに溜息をついて、機械みたいに説明してくれた。

「先ほどご説明した通り、パフォーマンスも兼ねたものです。オークションにかけること

もありますし、それまでにお客様がいらしたら買い取っていただくこともあります」

「へー、」

 いやそれにしても女の子につけるサイズですかこれは?筋肉隆々の巨人の指につけるべきデカさだと思いますが。そこまで考えて自己嫌悪。いや、それほどまでに私の腕は太くない。決してない。

…………………………………………………多分。

 あ、でも二の腕細くなるかな?………はぁ。

 続いて案内された部屋、と言うか牢獄?にはベッドとある程度の生活用品が置かれ、割と清潔に保たれた空間だった。ちなみにドアは鉄格子。まるで囚人だ。

「あまり汚さないでくださいね。あと、貴方の主が見つかるまでしばらくここにいていただきます」

「見つからなかったら毒ガスで安楽死させられたりして?」

 保健所へ連れていかれた野良犬の末路だ。

 冗談めかして言うと、笑い飛ばされるかとおもいきや

「…………」

 恐怖の沈黙。

「……へ?ま、さか?」

 笑顔を張り付けたまま、執事さんは部屋を出て行ってしまった。

「ちょっと!まってくださいよ!本当ですか!?ええぇっ!!?」

 それからどれくらいたっただろうか?


「……出てください」

 きい、と鉄のドアがきしむ音が聞こえ、振り向くとあの執事さんが立っていた。

 急いで立ち上がり、彼に向かって駆け寄った。連れられた場所は、あの一番最初に通されたシンプルな部屋。そして前と何も変わりなくシンプルだ。

 ただ違うのは―――


「初めまして、お前を今日買う人間だ」


 そう言ってにやりと笑った若い男性がいることだ。その男性は確実に私よりも年上だった。二十代後半。細マッチョの鍛え上げた体格に、頼もしいオーラ。

 何より金持ちの“におい”がする。

 つまり……

(ぎゃぁああああああ!かっこいい……!金持ち+イケメン+マッチョ……!完・璧☆過ぎてやばいやばいやばい!!!)

 もう頭の中はパニック通り越してお祭り騒ぎだ。ちょっといろいろ頭のねじが壊れて始めている。

 すっかり高揚した心を抑えられず、たぶん顔にも出ていたと思う。

「あの!」

「ん?」

 目が合った。赤面していないと良いな、なんて思いながらも喋り出したら止まるわけにはいかない。

「お名前はなんていうんですかっ!?」

 しばし沈黙。

 男性はふっ、と優しく笑うと頭をぽん、と撫でてくれた。

「サドラー・アーネスト。兄さん、と呼んでくれ」

 その笑顔に私は心を一瞬で射貫かれた。

(ああ、やばい、しにそ……)

「アーネスト殿、の名付けは主が決める。という決まりですので、お願いしますね?」

 執事の人が笑顔を変えずに言う。

 サドラーさん……いや、兄さんは困ったように首を傾げ、それからうっすらと笑いを浮かべながら

「シェバ……お前の名は、シェバってどうだ?」



 私に、新たな人生をくれた。

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