Sense of Unity~ぼくらの概念魔力~

ゆきい

第一話『魔法使いは出会う』

魔法使い

 母はなにをもとめたのだろう。

 ぼくはなにをしったのだろう。


 定禅寺イリヤは十五歳となった。

 高校に入学し、はや半年。

 学園生活での必要不可欠なことについてはよく理解しはじめていた。

 だが、それがどれだけ大事なことかを理解しようともなぜか心が満たされることはなかった。

 密度の濃い世界を感じていても、なにかが欠けていた。

 なにかが、空虚だった。

 あなが、ひらいていた。


 つまりイリヤは人間の存在理由とか偶然や必然についてとか宇宙の外側とかそういったことについてなやんでいた。

 それはおそらくじぶんが死んだのちの世界でも永遠に発見されることのない宇宙の神秘なのだろうけれどイリヤはそれが気になってしかたがなかった。

 しかし、イリヤは幽霊を見ることができた。家族にしか話したことはないが、それはおそらく生まれ落ちてからずっと見てきたものだった。

 だが、幽霊に関してはなんとなくの答えを見いだしてた。幽霊とは、成仏できない人間のたましいだ。たましい、というとかたちが見えないゆえ、よくわからないかもしれないが、イリヤのかんがえるたましいとは電気的なものである。

 人間の脳は、電気で動いている。その電気が地球上で発生し続けるかぎり、脳を離れた人間の電気信号は、世界をさまよい続ける。それ以上の答えは見つからない。ただ見えるものは見える、としか説明できない。


 だから、だろうか。


 イリヤが、ほかの人たちに無関心になってしまったのは。


 いや、ちがう。

 なにかほかにも理由があるような気がする……。


 それに他人に無関心といっても、そこまで愛想のわるい人間というわけではない。行きつけの美容院では美容師の女性とも仲がいい。そこではたらくアルバイトの少女とも。

「今日はどうします?」

 裕子という美容師が言った。彼女は長いふわふわの髪が特徴だった。

「うーん、のびた前髪を切るくらいですかねえ」

 沙耶が言った。沙耶はここのアルバイト店員で、いつも裕子からいろいろとおしえてもらっている。そして、この沙耶がイリヤをスカウトしたのだ。モデルとして。イリヤの顔立ちがかわいらしいという理由で。

 そういう理由があって、イリヤはこのふたりにいつも世話になっていた。といっても下校中に沙耶がイリヤを捕まえることがおおいのだけれども……。まあ、髪を切る金も馬鹿にはできない。そこのところはイリヤもとても助かっている。

「あんまりのびてませんもんねえ」

「三日しか経ってないし」

 裕子が笑った。すると沙耶も笑った。

「連れてくるの、早かったかあ!」

「早すぎっ」

「そこを、歩いてたから!」

「学校の帰り、イリヤちゃん?」

「はい」

 とイリヤは答えた。鏡に映りこむイリヤの顔は美白で、まるでショートヘアの少女のようだった。くっきりとした二重まぶたも、男子のようではなく女子に近い。店内にほかの客のすがたは見られない。

「そう」

「あたしよりかわいいから、ちょっとムカつくときもあるんだよねえ」

 裕子がイリヤの前髪を切りはじめた。裕子は沙耶に切り方についておしえはじめた。


 切り揃えられた前髪を気にしながら、イリヤはふたたび通学路を帰りはじめた。空は、夕暮れだった。秋の仙台の街中は、遊びに向かう若者たちで溢れかえっている。

 日常だ。これが、世間で言う普通の日常だ。悲劇はない。時々、あるけれど。

 喜怒哀楽は当然、ある。それは、生きていくなかでかならず必要な部分だから。

 そう、

 自分たちはごく当然の日常のなかで生きている。

 動いている。

 動かされている。

 歩く。

 人びとが行き交う。

 声がする。

 笑っている。

 駄々をこねている。

 怒っている。

 はっとする。

 突然、イリヤは地面を転んだ。

 だれかの足が、イリヤの足に引っかかった。

 大通りを振りかえった。

 夕焼けの下を、人の波が流れていく。足が引っかかった人間のすがたは捉えられない。相手側はあまり気にしないで通り過ぎてしまったようだ。それならば、まあイリヤも気にしない。そのまま立ちあがる。そのとき、ひとりの少女がイリヤの視界に映りこむ。少女は、長刀を右手にぶら下げながら歩いていた。

(なんだ、あの子……?)

 それはあまりに奇妙な光景だった。ほかの人たちは当然、その長刀を目にしているはずだというのにだれひとりまったく気にかける様子がないのである。

 まるで少女だけが別次元を歩いているかのようだった。ふしぎだった。見れば見るほどに目を惹きつけられる。

(まさか、まわりからは見えない刀……?)

「見えるんだ」

 少女がおどろいた口調で言った。

 長い赤髪の、イリヤとおなじ身長ほどの少女はイリヤの目のまえで立ち止まって。

「見える……?」

 イリヤは聞きかえした。べつに初対面の人と会話することはできた。だが時々、おどおどする性格だ。

「どうでもいいけど」

 イリヤは気になってしかたがなかった。少女が去っていこうとしても、イリヤはまだその少女の背中姿を見続けてしまっていた。

 とにかく、なんだろう。

 少女のその「存在」がまるで他人のようには思えなかった。


 見える、見えない。

 という言葉が、頭のなかで引っかかる。


 おなじ霊能力者なのだろうか?

 おそらくそうなのだろう。

 だが、少女はそれともちがうを持っている。

 けれど、それがなんなのかわからない。


 少女は、とある男のまえに立ちはだかる。黒いスーツのおおきな男だった。ほかの人たちとくらべても、頭ひとつ抜けている。少女が言った。

「何人やったの?」

 と。

 男は無言だった。

 ただ立ち止まって少女のことを見下ろしている。

「あんたみたいのを成敗しないといけないのよ、わかるかしら」

 少女はきつい口調でそう言った。初対面かもしれない相手になんて言いかたをするのだろうとイリヤは思った。

「なにを言っているのか、この小娘は」

 男は低い声でそう言って不敵に笑った。

 その直後——少女が斬った。銀色の長刀が、男の肉体を縦一線。男は、とっさのことにおどろいて、表情を引きつらせた。だが、肉体は真っ二つだ。内部の肉や骨、内臓などがむき出しとなった。血と内臓がてらてらとひかっていた。

 血はすぐにはあふれ出さなかった。通行人たちが悲鳴をあげた。イリヤも気分が悪くなり、口元をおさえた。しかし、まるで嘘だったかのように傷が消える。

(嘘だろう……!?)

 自分は幻覚でも見ていたのだろうか。いやそれはあるまい。なぜならほかの通行人たちも同様にを目撃していたのだから。

「貴様、【魔法使い】だろうに。仲間割れか……」

「仲間割れ?」

 少女はおかしそうに笑った。

「ちがうわよ、あたしたち仲間じゃないもの」

「なんだと……?」

「だって、あんた、すでに死んでるのよ?」

 男は黙っていた。わけがわからないというように。

「あんた、幽霊よ。魔法使いではあるかもだけど、すでに死んでるから、あたしとはちがうわ。やっぱり幽霊ってバカね」

「おれが、死んでいる、だと……?」

「そ」

 イリヤにも男が死んでいることはよくわかっていた。幽霊という存在はときに一般人にも見える存在となるのだ。その霊体の怨念が強ければ強いほどまわりに見えるようになる。だが霊体である本人は自分が死んだことに気がつかないことがおおい。

「そんな、馬鹿な……」

 男は悲嘆した。

「霊魂、って死んでいることに気づかないのよね。で、その霊魂が強い念を持っていると、この世のものとして再現される。死んでも、そのままってどうなわけ? あたしだったら、ぜったい嫌。いさぎよく、天国いくわ。地獄かもだけど」

 男の肉体に変化があらわれはじめたのはそのころだった。少女に斬られた傷口が黒く変色しはじめ、やがてそれは男の全身を呑みこんだ。そして男はこの世から隔離された。この世とあの世の狭間に飛ばされたのだ。通行人たちがまるで男はそこに存在しないかのように通り過ぎていく。

「きえた」

 通行人が言った。

「気のせいかな」

 通行人が立ち去る。

 だがイリヤには男の変貌したすがたがはっきりと見えていた。おそらくそれは長刀を持つ少女にも見えていたのだろう。

 いまの男のすがたをたとえるならば全身、真っ黒な鬼といったところだった。ただ、顔の目やら口やらは無くて、かなりのっぺらとしていた。否、顔のそれは仮面かもしれない。まるで仮面をかぶっているようにも見える。それと身体が黒く見えるのは、オーラのようなものを纏っていたからだ。仮面とオーラ。男はそれを身に纏ったのだ。変身したのではなく、纏った。

「覚醒したってわけね……」

 覚醒?

 なんのことだろう。

 霊体がそんなふうに変貌するところはいままで見たこともない。

 そのうえ、仮面とオーラを纏い、覚醒という言葉まで出てきた。

 イリヤはもう、わけがわからない。

「ま、あたしの足元にもおよばないけど」

 霊体が、少女を襲いかかった。高速でタックルを仕掛け、電話ボックスに激突する。赤い電話ボックスは一撃でひしゃげる。

(なんてちからだ。あんなのにタックルされたら死んじゃうよ……!)

 イリヤは恐怖し、物陰に隠れた。頭を抱えて、震えた。

 道路上で、少女は戦い続けた。イリヤはしばらく怖くて見られなかったが、すこし経ってから覗きこむように見はじめる。

 少女は、行き交う車のうえを跳びながら移動し、霊体の猛攻を避けていく。おそらくまわりには少女がひとりで跳んでいるように映っていただろう。霊体の男のすがたは見えないみたいだからだ。さっきまで霊体として見えていたのに、どうして見えなくなったのだろう? いまの霊体の男の意識が周囲ではなく、少女にのみ集中しているからだろうか。

 ありえない。少女の身体能力はいったいどうなっているのだろう。少女はまわりからの注目を避けるように路地裏へ逃げこんだ。その一瞬の出来事に、通行人たちは開いた口が塞がらない。

「まぼろしか……?」

「まぼろしだろう、あんなのありえない」

 イリヤは、追いかけた。はっきり言って怖かったけれどその怖さよりもイリヤのなかにあらわれた好奇心のほうが上回っていたのだ。いまこころのなかにあふれだそうとしているこのざわめきこそがきっと自分が生まれるまえからもとめつづけていたなにかにちがいない。

 路地裏の奥へ追いかけていくと、霊体がおたけびをあげた。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 その怒号にイリヤはおどろいたが、それよりもおどろいたのは少女の身体のかがやきだった。

 少女が全身からひかりを放っていた。

 それは霊体が放っているオーラのようなものとよく似ているが、だがどこかが違っていた。おそらくオーラはその本人の気持ちで色や形を変える。少女のオーラは燃えるような赤だった。

 少女が、長刀を上段に構えた。その長刀に火のオーラを集中した。刀が燃えた。

「喰らいなさい、これもあんたのさがよ……」

 少女はさらに集中していく。長刀の火があたりに飛び火し、路地裏に転がっていたゴミやダンボールが燃えあがる。

「たあああああああああああああああ――――ッッ!!」

 少女が、高く跳びあがる。その跳躍は常人のものとは比べ物にならないほどに、高い。

「るおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 霊体が、オーラを纏ったこぶしを振るう。


 ごんっ。


 なにかとなにかがぶつかりあう。


 おそらくそのオーラ同士がぶつかりあったときの衝撃音だ。

「うわああああああああ――!?」

 イリヤは衝撃波を受け、後方へ吹き飛ばされた。

 気がつくと、砂ぼこりのなかをひとりの少女が歩いてきていた。

 霊体は――。

 イリヤは視線を向けた。すると、霊体は消えかかっていた。まるで身体が光となって空へのぼっていくかのように。

 あたりの炎は消えていた。少女のオーラが消えるのと同時に消えたのだろう。

「あんた、なによその、手……」

 少女がおどろいたような口調で言った。

「え」

 イリヤはみずからの両手を見下ろした。

 ひかっていた。

「魔力……。そのうえそれは『第一魔法』よね。能力は?」

「の、能力……?」

 意味がわからなかった。

「わすれてるのね」


 わすれてる?


「てっとり早い方法は、あたしを攻撃することよ。あたしの魔力はそこらの魔法使いの数倍、強いから、攻撃してきても問題ないわ。きっと無傷よ。だから、ほら、早く攻撃しなさい」

「こ、攻撃って言われても……、そんなことできません」

 イリヤは初対面の相手には大体、敬語を使う。

「いいから攻撃しなさいよ!」

「で、できるわけないじゃないですか。それにぼくには魔法とかよくわからないですし……」

「そんなの頭のなかのイメージをそのまま放出すればいいのよ」

「さっきの戦闘への恐怖ものこっているんです。身体がふるえて……」

「ただの雑魚狩りじゃない……」

 そうだ。

 魔法のことも気になるが、いちばんはこの子のことが気になるのかもしれない。

 イリヤの好奇心は少女や霊体の放つ魔力のようなものに向けられていたのかと思った。

 だが、ちがった。

 イリヤは少女に好奇心をいだいていたのだ。

 この子はいったい何者なのだろう。

 どうして幽霊を殺したりしたのだろう。

 イリヤは幽霊を殺すという話を聞いたことがない。

 そういう風習があったりするという話なら聞いたりネットで見かけたりすることはあるが。

 少女のように魔法? で霊体を殺すなんて話は、いままで聞いたことも見たこともない。

「あ、あんたが第一魔法を発動させるまで、あたし引き下がらないから……!」

 唐突に少女は恥ずかしそうな口調でそう言った。

(と、言われても、わからないものはわからないわけだし……)

 じつに、こまった展開だった。いまもまだ恐怖のせいで心臓が速く動いていたり身体がふるえていたりするというのに少女に魔法を出せと強要されてもこまるしかないではないか。

「こ、怖いです……」

「さっきのあいつのせいなわけ?」

「そうです。ぼくには現実に思えませんでした……」

「慣れないと駄目ね、そういうのは。あたしはべつに怖かったことなんていちどもなかったけど」

 少女が歩み寄ってくる。イリヤの片腕を掴んでくる。

「これはとても重要なことなのよ」

 少女はやさしい口調でそう語った。

 なぜだろうか。

 そのときの少女の目はまるで自分のことを以前から知っているかのような目をしているように思えた。ふしぎな感覚だったけれど自分はこの少女とどこかで出会っているのではないだろうか。はじめて会ったような気がしないのだ。だけどそんなは存在しない。

 少女がイリヤの手に、みずからの手を押しつけてくる。すると、それは発動した。

「しゅ、瞬間移動魔法!?」

 気づくと、空を落ちていた。

「うわああああああああああああああああ――――っ!?」

「やっぱりあんた、ただものじゃないのね……。ふたたび空をおちるなんて。運命かしら」

 少女の声がちいさくてぜんぜん聞き取れない。風の轟音が耳をつんざく。

「え、なにい!?」

「このまま着地してもいいけど!」

 少女はイリヤに抱きついて大声で言った。

「あんたの魔法で着地したほうが安心じゃないのかしら!? あたしは平気だけど、あんたが無事で済むかわからないわよ……っ!?」

「そ、そんなこと言われても……っ!!」

 そして、イリヤは積み重なった恐怖のあまり気絶した。夜空を、少女と降下する。

 それがイリヤの出会ったひとり目の痛い子だった。


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