第3話 - サーバーデプロイ

「お客様に動作確認をしていただくことになりましたので、サーバーに代田さんが書いてくださったソースをデプロイ(注:システムをサーバーに設置し、利用可能にすること)します」

「あれ、サーバー決まったんですか」

「はい。窓鯖です」

 わお。俺は喉から出かかった感動詞をどうにか飲み込む。


 窓鯖――それは、Windowsウィンドウズに搭載されるWebサーバーのことである。Linuxのコマンドライン操作に慣れた人間にとって窓鯖は鬼門も鬼門、さらに言えばDOS(注:Windowsのコマンドライン)コマンドも鬼門。そしてサーバーが窓鯖ということはつまり、

「……データベースもSQL Serverエスキューエルサーバーですか」

「そうです」

 鬼門!!!!!!!!

 脳内のJアラートが姦しく鳴り続けているのを無視して俺はにっこり笑う。というか笑うしかできない。

「サーバーってどこですか。今ここからデプロイできるんですか? Azureアジュール(注:クラウドサービス。仮想サーバー)とか?」

「いえ、これに」中村さんが指した先には15インチくらいのノートパソコンが一台、鎮座している。「明日、お客様のところに持っていって見せてきますので」

 まさかの物理解決。

 つーか明日て。明日ということはつまり、これにプログラムを乗せて無事動作するところまで確認しなくては今日は帰れないということだ。時計を見る。現在、十三時。

……オーケイ、面白くなってきやがった。こうなれば善は急げ、急がば回れ、何をさておいても落ち着いて急いで作業をしなくてはならない。

「取り敢えずgit(注:バージョン管理システム。変更箇所を管理してくれるファイル共有システムみたいなものと思って差し支えない)入れていいですか」

 吹き出る冷や汗を手の甲で拭い、喉にせり上がってきた苦い液体を必死で飲み下しながら中村さんに訊くと、中村さんは晴れやかな笑顔のまま「必要なものは入れてください!」と晴れやかに答えた。殴りたい、この笑顔。


 差し当たっての問題はだよワトソンくん。

 なんだいホームズ。

 Cドライブのサーバーディレクトリに.gitが入らないということだ。

 なぜだね?

 権限がない。

 権限ならつければいい。chownとかchgrpとかどっちもLinuxのコマンド――


――それがわからないから言っている。


 脳内ワトソンに右手人差し指を突きつけ、頭を抱え、中村さんを振り仰ぐ。中村さんは先程から、電話したりメールを打ったり書類を印刷したりとなんだか忙しそうにしている。

 正直なところ、俺は個人的にWindowsが苦手だ。もともとWin使いではあったのだが、大学に居たときも今も、プログラム関係の作業はMacとLinuxでばかりやっていて右も左もという状態である。

「中村さんすみません、gitの設定ができないんですけど、管理者権限ってどうやって付与したらいいですか?」

「あ、できなかったらファイル共有ソフトでやってもいいですよ」

 よくはねえよ。

 よくはねえが、致し方ない。現在十四時半。最優先すべきタスクではない。まずはお客様に確認して頂ける環境を作ることが大事で、開発側の都合は後回しにするべきだ。


 渋々ファイル共有ソフトですべてのプログラムを移行し、サーバーを起動してホーム画面を開く。エラーが出ている。なんか設定ミスったかな〜〜〜これだから窓鯖は〜〜〜〜〜〜と思って見てみるとどうやらSQLがおかしいと言っている。というかドット記法がまともに動いていない。は?

 恐る恐るソースコードを修正する。動く。俺は頭を抱える。


 なんっっっっっっっっっのためのインターフェースだ!?


 つまりこれまで書いてきたDB処理のすべてをSQLServer用に書き換えなくてはならないということで、これから書くソースもSQLServer用に書かなくてはならないということで、それだと自機ローカル端末での動作確認ができないということで、何のためのインターフェースだ?!(二回目)お前の! 仕事は! こういう齟齬を吸収することだろうが??!?!??!??


 インターフェース相手に絶叫(概念)していても仕方がないのでとにかくすべて書き直す。日付はとうに変わっている。なにしろ途中で中村さんが仕様変更がどうのこうのと言い出していろいろ書き換える羽目になったのだ。なんで確認するって言ってる前日に仕様が変わるのかは永遠の謎である。

「代田さん、さっきから何を修正してるんです?」

 中村さんに訊かれて反射的に唾棄しそうになるのをこらえる。

「MySQLで動いてたソースがSQLServerで動かなかったので書き換えています」

「あとどれくらいで終わりそうですか?」

「あと動作確認したら終わりです」

 言外に含めた毒は中村さんには届かなかったようだ。どうしてくれっかなこの人。


 作業を終えて社屋を出ると雨が降っていた。傘はない。いっそ気分が良かった。

 夏の雨はいい。冷たくない程度の雨粒が次々に肌を叩き、シャツを髪を濡らしていく。雨粒に滲んだ街の明かりがきれいだ。歩道橋を渡っていると飛び降りてしまいたくなる。

 部屋に帰り着いた時、外は薄明かりに包まれていた。青い光に満たされた街は水槽に作られたミニチュアのようだ。今夜はきっと満月なのだろう。こんなにも明るい月は珍しい。


 それから問答無用でベッドに沈み、四時間眠って九時に出社した。

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