幸せとは、隣にあるもの

コトリノトリ

幸せとは、隣にあるもの


 蓮に彼女が出来た。

 それは、私に少なからず衝撃を与えた。

 別に悲しいとかそういうわけじゃない。

 まるで裏切られたような、そんな気分。

 信号が赤に変わる。

 いつもはここで後ろから、先パ〜イ、という声がするのに。

 今日は静かだ。

 私は一歩前に踏み出した。





 蓮と出会ったのは、高校二年生の春のこと。

 信号待ちをしている私に後ろから、先パイ好きです、と言ってきた。

 あの時、蓮は私の名前も学年も、というか何も知らなかったらしい。

 知っていたのは、同じ高校ということだけ。

 もちろん私は、ごめんなさい、と言ってその場を立ち去った。

 しかし、それから毎日蓮は私に声をかけてきた。

 僕のこと好きになりました、って後ろから言われるのはなんだかくすぐったかった。

 それから私は、蓮のことについて知っていった。

 髪がふわふわなこと、人参が嫌いなこと、自転車に乗れないこと……

 いつだったか私が、ウサギみたいだね、と言った時にはひどく怒っていたな。

 僕は可愛くありません、って。

 本当に本当にいろんな思い出がある。

 あのコンビニでは二人で肉まんを分け合って、あの本屋ではオススメの参考書を教えて……

 あぁ、あの神社。

 蓮がどうしても行きたいっていうから一緒に行ったんだよな。

 お参りして、お揃いのお守りを買って……

 蓮はまだあのお守り、持ってるのかな?

 いつの間にか、私は蓮のことが大好きになっていたらしい。

 今さら、遅いけど。

 私は一人で橋を渡る。

 そういえば、この川で川遊びもしたな。

 蓮が私に水をかけてきたから、私も蓮に水をかけて。

 しまいには、お互いびちゃびちゃになって先生に怒られたんだっけ。

 不意に後ろから蓮の声がした。

 咄嗟に振り向くと、蓮の隣には可愛い可愛い女の子の姿。

 そっか、涙が溢れた。

 あの場所はもう私のものじゃないんだ。

 蓮と目が会う。

 私はいたたまれなくなって、学校に向かって駆け出した。

 蓮は追いかけてこなかった。





 おはよう、と言って教室に入る。

 私、上手く笑えてるかな?

 昨日のテレビ見た!?、なんて誰かが言う。

 何の変哲もないいつも通りの光景。

 そういえば、蓮とテレビとか有名人の話したことないな。

 多分、きっと、気づいてたんだ。

 私がそういう話が苦手だってことに。

 あかりももっとテレビ見なよー、なんて誰かがからかってくる。

 できたらね、なんて言って曖昧にする。

 予鈴がなって、先生が入ってきた。

 授業は好きだ。

 誰にも気をつかわなくていいから。

 今日は小テストをします、筆箱以外は机の中に入れろよー、なんて先生が言って教室がざわめく。

 そういえば、蓮は初めての抜き打ちテストで0点とってたっけ。

 絶対、次のテストは100点とります、って言って本当にとってきたときは驚いたな。

 ご褒美ください、なんて言うから手作りのクッキーをあげたんだよね。

 にんじん入りだよ、って言ったら、え!た、たべれますよ、って強がってたな。





 問1 享保の改革を行ったのは誰でしょう

 答えが一つしかないのは楽だ。今、直面している問題の答え方は無限大で。

 問題として成立してないと思う。

 テストを解いているのがバカらしくなる。

 すいません、体調が悪いので保健室に行ってきます、また一つ嘘をついて教室をでた。

 人のいない廊下はなんだか不気味だった。

 私の足音だけが廊下に響く。

 保健室には誰もいなかった。

 どうやら、保健の先生は出張中らしい。

 とりあえずカーテンを閉めてベットに入る。

 一応、気分が悪いと言ってしまったから。

 もう少しで授業が終わるという頃、ガラガラと扉が開いた。

 保健の先生が帰ってきたのかもしれない。

 そう思って私が体を起こそう下瞬間、蓮の声がした。

 蓮は、みずき大丈夫かな、と何か悩んでいるようだった。

 みずきって誰?、なんて私が言う資格はないし、聞く必要もない。

 布団を顔まであげる。

 しかし、一向に蓮が出て行く気配はなかった。

 誰かを待っているのだろうか?

 もしかして……

 布団をもっと上まであげる。

 その音に気づいたのだろうか。

 蓮は、誰かいるんですか、と私の方に向かって言った。

 誰もいません、なんてささやかな抵抗をしてみる。

 蓮はカーテンをあけて、私を見つけると不敵に口角をあげた。

 先パイ、僕のこと好きになりました?

 心臓が変な音を立てて跳ねる。

 蓮はずるいと思う。

 今、こんなことを聞くなんて。

 黙秘権を行使します。

 蓮の目を盗んで逃げる前に手を掴まれた。

 蓮と目が会う。

 嘘なんてつけるわけがなかった。

 大好きだよ、言葉がこぼれる。

 その瞬間、腕をグイッと引っ張られた。

 蓮は、彼女がいるなんて嘘だよ、と甘い声で私に囁く。

 僕は先パイしか見えてないんだから。





 これは私と少しいじわるだけどいつも隣に居てくれた彼のお話。

 あなたの隣に大切な人はいますか?

 それほ家族だったり、友達だったり、恋人だったり、はたまた好きな人だったり。

 普段は言えない恥ずかしいことも偶には勇気を出して言ってみませんか?

 変化を拒まないで。

 その勇気は決して無駄なんかじゃない。


「幸せとは、隣にあるもの」


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幸せとは、隣にあるもの コトリノトリ @gunjyo

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