定年退職したからVRMMOをはじめてみた2.0
@guwajin
第1話プロローグ
トン、トン、トン、トン、ダイニングキッチンに包丁の音が響く。時間は午前七時過ぎ三人分の朝食が出来た。休日の朝にしては少し早い。
今日はVRMMOのサービス開始日である。十時からキャラ作成が可能で、十二時からゲームスタートになっている。早くゲームを始めたいのでご飯の時間も早くなってしまった。
昨晩私の送別会で三次会が終わって帰宅したのが午前三時。元部下の二人が家に泊まっているが、この二人がいるとゲームに集中ができない。そろそろ起こしにいかないと……。
「おはようございます。鈴木さん」
日焼けした肌、少し短目の頭髪、爽やかな笑顔、身長百八十cmの好青年が自分で起きてきた。
彼の名前は田中トム。ちなみに純粋な日本人だ。VRコンテンツ製作課の課長と弊社テニス部の部長をしている。
私のお気に入りの部下であり友人でもある。あ、既に退職しているから弊社じゃないし元部下だった。
「おはようトム。和食だけど大丈夫かな?」
と聞きつつも、無理矢理でも食べさせようと思っている、早く出て行ってもらわないとな。
「はい。お酒を飲んだ翌日なので、さっぱりした食事の方がありがたいです」
と言ってくれたが、いや困りますとか、食べれませんとか言えないよね。元上司の家に泊まって朝飯まで作ってもらったら。
「ハジメはまだ寝てるのかな? ちょっと起こしにいってくるから、席に座っててくれ」
と言いつつダイニングを出た。
「はい。じゃお茶入れときますねー」
との返事。やっぱりに気が利くなトムは。
本来客間は二階にあるのだが、酔っ払っていたので一階の書斎に布団を引いて寝かすことにした。書斎に入ると掛け布団を抱いて、アニメの女の子が描かれているTシャツが少しめくれて、腹を出して寝ているハジメが目に入った。
「ムニャムニャ……」
……ムニャムニャと言って寝ている人を六十になって初めて見ました。
彼は佐藤
見てて楽しいやつだ、名前が同じな事もあり結構目をかけてやった。ちなみに社のフットサル同好会に属している。
「ハジメ起きろ。朝飯だぞ」
といつつ、ハジメの体を揺さぶる。
「……ううん。あと五年いや四年と十一ヶ月でいいから、もう少し寝かせてー」
ながいわー、めちゃくちゃながいわーー。
「起きろハジメ」
と更にハジメの体を揺する、早く起きろって。
「あ。部長おはようございます」
もう退職したから部長じゃないです。コイツはツッコマれたくて狙ってるんじゃないのか。いつもツッコムと凄い嬉しそうにするし、どんどんボケてくるから際限がないんだよなあ。
「ダイニングに朝食を用意したから早く来いよ」
ツッコムと面倒なので用件だけ伝える。
「は~い。すぐにいきま~す」
返事をしつつ、ハジメはトイレに向かった。
ダイニングに戻ると、トムが三人分のお茶をいれて席に座っていた。
「お待たせー。もうすぐハジメも来るから」
とお茶を取り、フーフーしてから少し飲んだ。
「すみません。朝食まで用意してもらって」
とトムが恐縮している。目をつむって、手をプイプイと振っておいた。二人とも私にとっては大事な元部下であり友人だから全然気にならない。
「そういえば今日から始められるんですよね? VRMMO。Battle and Business Onlineでしたっけ?」
タイトルまで覚えているのか、流石VRコンテンツ制作課の課長だけあるな。
通称BABO。普通のファンタジー製のVRMMORPGだが、ちょうどサービス開始から出来るというのと、ゲーム内の速度が実時間の二倍というのが売りで、リアル一時間で二時間分遊べると期待されている。
「ああ。早速今日からはじめるつもりだ」
きっと孫娘も始めるに違いない、偶然ゲーム内で会えたら一緒に遊ぼう。ムフフフ。そのために孫娘にもVR機とソフトを送っておいたのだから。
「おはようございます部長。トムさん」
ハジメが来たので朝飯を食べることにする。その前に。
「もう部長じゃないぞ。ただの鈴木
と返事をしておく、すぐにハジメの顔がニヤつく。やっぱりツッコまれ待ちだったのね。朝のムニャムニャも怪しいもんだな。
朝食を取りながら、今日の予定の話になる。
「トムとハジメはこれから仕事か。大変だな」
創立二百周年記念事業の一環で、トムはVRを用いた何かをしているらしい。ハジメは子会社の数十社との連携したイベントを担当しているはずだ。
「はい。あと三ヶ月は忙しいですが、それが終わったら一段落するので、そのときはBABOについて教えてください。ゲームも自分で体験してみないと良い物が作れませんから」
トムとゲームするのも楽しそうだな。
「その時にはそこそこのプレイヤーになっているから、色々と手を貸せると思うよ。始める時には言ってくれよ」
ふふふ、これも楽しみだな。それまでには名の知れたプレイヤーとかになってたらいいな。
「ぶちょー。私もやりまーす。そのBABOってやつ」
もう部長じゃないけどな。ハジメもやると言ってくれたが、彼も創立二百周年記念事業が終わるまでは忙しいはずだ。
「ああ、でも記念事業に専念してくれ。落ち着いたら何時でも合わせるからな。そしたら一緒にやろう」
言い終わる前に既にハジメは破顔している、ニコニコだ。可愛いな。ちなみに俺はノーマルだ。
朝食も終わり、洗濯するために洗面所に向かう。
「おはよう」
「おはようございます、あなた」
私の挨拶に応えてくれたこの洗濯機『極洗』は、極シリーズの一つだ。家電が会話するのは当たり前なのだが、ハジメがイタズラしたようだ。
「洗濯になさいますか? 乾燥になさいますか? それとも、ワ・タ・シ?」
新妻モード男の声Verになっている。ちなみにどれを選んでもお前しかいないだろう、それに朝からガッツキ過ぎだよ。
でもまあ、この前洗剤についていたオマケのヤンデレモードに比べれば全然マシだけどね。シークレットと書いてあったから入れてみたら驚きの黒さでしたよ! 販売元にクレームを入れておいた。
そうえいば、孫娘が小さい頃に家中の家電を喋るようにして妻に怒られてたな。鼻水垂らしながら泣いている姿は今になれば良い思い出だ。
さて気をとりなおして、洗濯は『これっきりボタン』を押すだけでいい。富士山マークの丸ボタンを押すことで、勝手に洗濯を始め、制御はAIが行う。
『これっきりボタン』は富士山通製品共通のもので、私が新人の時に企画し立案して各製品に実装していった。
今では富士山通といえば『これっきりボタン』と言われる程のものだ。私ってすごーい。では、ポッチトナ。
「ピッピー! 洗剤が入っていません。追加してください」
……。いや洗剤が無いのは知ってたし。勝手に洗わないという素晴らしい抑止機能がついている宣伝をしたかったのさ。
先日スーパーで安く売っていた詰め替え用の洗濯洗剤を『極洗』のスキャナーの前にかざす。スキャンが一瞬で終わる。
「この洗剤は問題ありません。注いでください」
洗剤注ぎ口から洗剤を注いでいく。『極洗』はインターネットに接続しており、新製品であっても成分、必要な分量、最適な洗い方までを自動でダウンロードし、洗濯物、重さ、汚れ、などから勝手に洗濯を始めてくれる。
もちろん細かい操作も可能だが、基本は自動に任せてる。
そうそう。自分の考えを良く解説するクセがある。兎に角色んなことを短時間で考えている。
スポーツ漫画でピッチャーが投げてからバッターが打つまでの間に色々なセリフが飛び交うような表現があるが、私ならあの速度で考えることが可能だ。
ただ考えるときは何故か解説風になっていることが多い。そのほうが考えが纏まるからだと思う。不思議だな。
リビングに戻ると二人がTVを見ながら、コーヒーを飲んでくつろいでる。もうニュースと呼べるような番組は一chくらいで、あとはエンターテイメント番組と言っていいだろう。
「今回の不正は本当に許せませんよね。佐藤さん」
「全くです、千手観音が怒って回転しながらビンタするレベルですよ」
TVの中から、アハハハハと笑いが聞こえる。なんで不祥事なのに笑いが入るのか理解出来ない。ただ、千手観音の下りは今度使おうかな。そんな事を考えながらVR機を箱から出した。富士山通製のVR対応PC『極夢Ⅱ』だ。届いたまま放置してた。
「鈴木さん。セットアップお手伝いしましょうか?」
トムが親切にも声をかけてくれたが大丈夫! 流石に電化製品の部長をしていたこともあり、最低限の知識はある。
「いや大丈夫だよ。それに良い器械は説明書なんて無くても直ぐに使えるし、直感的に操作できるものさ。逆にそうじゃなくてはいけない」
これは自分の持論だし、何度も言ってきたセリフだ。
光ケーブルを挿す、VR用ヘッドマウントギアを接続し、電源コードを挿して電源オン。
使用者確認が出たのでマイナンバーをICチップ読み取り装置にかざす。クレジットカードの確認画面が出たのでこちらもかざす。
防犯システムとのリンク確認が出たので暗証番号を入力。これでVR中になにかあっても直ぐに対応が可能になるはずだ。
OSの差分アップデートが開始された。ゲーム用のDISKを挿入しインストールも並列で開始する。あとは放置で差分アップデートがあれば自動でインストールされるはずだ。
「『極夢Ⅱ』ですか、一人でするにはオーバースペックじゃないですか?」
とトムが質問してきた。確かにこの一台で四人分のVRをまかなうことが可能で、家族でVRする事も想定している製品だ。もしかしたら孫娘が遊びに来た時にも出来るようにと思ったのと、
「会社には世話になったので、一番高いものを買って最後の孝行をと思ってね」
と表向きの理由で回答しておいた。ハジメが関心して凄い速度で頷いている。いやあなた何に頷いているの?
「複数で利用しないのでしたら、VR強化機能をオンにするのが良いと思いますよ。
二人までしかVRできませんが、VR中の過負荷があった際に最大限のリソースを割り当てるので快適に操作できるはずです」
おお、それは知らなかったので、早速VR強化機能をオンにしてもらった。孫娘は一人だし、二人分あれば問題なしです。はい。
二人が出社するために帰宅した。午前十時になり、キャラクターメイキングができる時間になったので、VRヘッドマウントギアを装着。ソファーに身を沈めてゲームをスタートする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます