サムライ無礼道
籐太
-仇討の章-
壱 対峙(たいじ)
まこと、
時は
来る来ると噂されていた黒船は、ついに来航せず、
今か今かと身構えていた
それから、さらに200年。
おかげでこの小さな島国は、世界中を巻き込む
よって、それに
今もなお、サムライの時代は続いていたのである。
すでに人だかりはできていた。
おまけに多くの
その中にフラッシュを
隣の男から、フラッシュや動画の撮影はマナー違反であると注意を受けていた。
フラッシュは目潰しになりかねないし、
動画の撮影は流派の
こういったルールは、むしろ民衆の側から提案されたものだった。
近年、普及するようになったインターネットのおかげで、
もはや
一般大衆にもこういったことが広く知れ渡るようになっていた。
新しく出てきた物と古くからの決まり事の間に折り合いを付けてくれるのも、
今や民衆であることが多くなったように感じる。
ありがたいことである。
だが、SNSの発達は松尾のような
厄介な
そこへ、
正面に停められたワゴン車から姿を現した。
壮年の女性が、その後へ続く。
こちらは
やはり
今や、昔ながらの着物姿で出歩く者は少なくなり、
皆、洋服と和服が奇妙に融合した出で立ちをするようになっていた。
それゆえ、母子の格好ははっきりと浮いており、
非日常へ迷い込んだような錯覚さえ起こさせた。
若侍は堂に入った
一礼してみせる。
「
「いかにも、松尾文台殿に
おおっと、小さくどよめきが起こる。
町人達は、これで松尾が勝負を受けたとみなしたようだ。
もっとも、人だかりのある中へわざわざ出てきたのだから、
松尾にすれば
若侍が丁寧に迎えたのも、
彼に充分な覚悟があると見て取ったゆえであろう。
「どうも
そのほう、
「いかにも、
新田
誠志郎は、
そこには重々しい
「我が父、
病身の兄上に代わって、今ここで晴らさせていただく。
よもや逃げるということはありますまいが、
いざ尋常に立ち合っていただきたい!」
音もなく、すらりと
誠志郎が相当な
なにより、抜き身の刀身がそうさせたのだろう。
この瞬間、二人の他に誰もおらぬような静寂が訪れたのである。
金属の刃には、物言わぬ迫力がある。
なにせ三寸ほどの短刀でも、人を殺すのは難しくない。
内臓まで達する傷を与えるには、それだけあれば充分だからだ。
常人であれば切っ先を向けられるだけでも、平然とはしていられないだろう。
だが日本刀の長さは、二
それは抜き放つだけで、
周囲の者さえ思わず息を止めてしまうほどの力を持っていた。
この武器に必殺の威力が備わってると理解するには、
一目見るだけで充分なのだ。
今や野次馬達は、彼らを二重三重に取り囲んでいる。
にも関わらず、しわぶき1つ起こらない。
自然と空気が張り詰めていく。
だが、それでもなお、
この場で平然とヒゲを撫でている者があった。
他でもない、若侍と
松尾
「仇討ちなど時代錯誤と申す者もあろうに、
そのほうは真面目に過ぎると思わぬのか?」
「松尾殿とは思えぬお言葉です。
それとも、もしや恐れを成したか!」
「恐れることは恥ではないぞ、誠志郎殿?
恐れて引けば、むしろやり直すことも出来よう。
今一度、考え直してみてはいかがか?
なにせ、あの
だというのに、
「問答無用! いずれ剣を
この
「そうは申しても、出直せば今少し腕を磨くことも出来ようぞ。
そうされてはいかがかな?」
もちろん松尾が口だけではないことは、誠志郎にもわかっていた。
抜刀こそしていないものの、
この
それどころか、微笑を浮かべる余裕さえあるらしい。
加えて父・
その父を自分が超えたかのどうか、今となっては確かめようもない。
仇討ちというのは、一度きりのものでやり直しは
万一、返り討ちに遭えば、憎き仇は
しかし、誠志郎はそれでも自分の闘志が揺るがないことを確かめていた。
武士道とは、死ぬこととみつけたり。
故に、死を恐れてはならない。
恐れるべきは、恥を掻くことであり、
汚名を
それがサムライであり、
若きと言えども、
誠志郎もまた、サムライの血を継ぐ男なのだ。
「松尾殿は、
「なに?」
「仇討ちとは、人の道として人を
ならば
それでは、義が立ちませぬ。
人の道を外れての仇討ちなど、家名を汚す恥というものです」
初めて、松尾の表情に変化が起きた。
誠志郎の言葉が、彼の行いを暗に批判するものであったからだ。
「松尾殿、ご自身に恥ずべきところがないのなら、
尋常に立ち合ってはいかがか?
刀は、侍の魂。
「笑止。
1つきりの命を無駄にする気か、誠志郎?」
「侍とは死を恐れぬもの。
ゆえに侍同士が戦うとき、そこに勝ち負けはあれど、
生き死にはございません、どうぞお覚悟を」
これを受け、誠志郎の母親が一歩下がった。
よほど息子の技へ信頼を置いているのか、
早くも勝負あったというくらいに、満足げな
松尾も、誠志郎の
ようやくのように
だが、今やそこに微笑はなく、
互いが互いに、
容易な相手でないと悟っているようだった。
昼下がりの太陽が、じりじりとアスファルトを焼く中、
再び張り詰めた緊張が、いつ弾けてもおかしくないほどに膨らんでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます