タイトルなし

@roquentin

タイトルなし

僕は朝、ヨーグルトを食べた。すると顔がキツネになっていた。

 

人の顔は変わる。表情や気分の具合で変わる。むくんでいても変わる。しかし自分の顔は普遍的に自分の顔だと判断できる。鏡を見た。今日は確かに違う。どう見てもキツネだ。目がつり上がったキツネ顔とか、そういうレベルではない。

これはキツネだ。私は動物になっていた。


身体は人間である。下を向けばいつも通りの両足が見える。恐ろしくなった。昨日までの普通は今日は違う。

いつか来るだろうと妄想上の中で思っていた。いつか来る恐ろしい非日常。どこかで期待していた気配すらある。

しかし事実、訪れる非日常は頭を撃ち抜かれたようなネガティブな衝撃だった。

 少し冷静になった。これは見世物になる。金になる。たとえ電車に乗って会社に行くことができなくても生活ができる。世界でたった一人のキツネ人間として有名になるだろう。


金を手に入れたキツネ人間。有名人だ。他の誰でもないキツネ人間。この顔で手品でもしたらウケるだろうか。タキシードを着て小道具に木の葉だ。ユーモラスで可愛げがある。


私の人生は今後キツネなのだろうか。人生は一度きりだ。一度きりの人生はキツネに決まったのだろうか。

喉から手が出るほど欲しかったものは、なんだろうか。ぼんやりとした、しかし強い思いが、濃い霧のように広がった。

やがてその霧は濃度を増して胸を締め付け僕は、ベッドに倒れ込み目を閉じた。


朝がきた。鏡を見る。顔はキツネだ。

ああ、僕はキツネだ。人を騙し、楽しみ、ほくそ笑むキツネだ。笑顔は卑しく見えた。自分自身に罵倒を浴びせた。

許されたかった。どうか元どおりの顔にして欲しかった。神様に許されたかった。自分は卑しく生きてきた。

だから顔までもキツネになってしまったのだ。神様、試練なのか罰なのかそれとも幸福のチャンスなのか。教えてください。私はこの先どんな道を頑張って歩んだらいいのでしょうか。 

考えても、わからなかった。


外に出た。体は縮こまり、目玉は下を見たり上を見たり斜めを見たりどう見えても挙動不審だった。

怖かった。人の目線が怖かった。羨ましかった。キツネでない顔の人間が羨ましかった。世界は自分とそれ以外の人たちのように思えた。

涙が出た。人前だった。しかし止まらなかった。声をかけてくる人間はいない。ここは東京だ。キツネ顔でも皆自分の横を通り過ぎ歩いている。時々、振り返ってキツネ顔の私の顔を確認する輩がいた。輩たちはどんな顔をしていたかわからない。物珍しげに嘲笑っていたのか哀れんでいたのか。わからなかった。私は恐ろしくて前を見て歩くことができなかったからだ。


家に帰りどっと疲れが出た。外に出ることが緊張した。私は普通でない。精神が普通の状態でない。


もしかすると全て妄想なのではないか。キツネのように見えているだけでキツネではないのだろうか。

他人から見た自分は案外、普通の顔なのではないか。しかしそれが妄想かもしれない。わからなかった。

教えて欲しかった。助けて欲しかった。恐怖に包まれ頭に血が上り、やがて意識をなくし、私は夢の中へ堕ちた。


長い夢を見た。とても素晴らしかった。気持ちは澄んだ空気に包まれ感じる温度はぬるくこの上ない極上の気分を味わった。私は生まれた。あたたかい母の手に繋がれいい匂いがした。人は皆、笑顔だった。こちらまでつられて自然と笑みがこぼれる。エネルギーが湧き出た。希望に満ちていた。希望を希望と認識することが難しいくらい絶望がわからなかった。


不意に眩しさを感じ、まぶたをゆっくりと開く。

朝だった。いつも通り、ヨーグルトを食べる。顔を洗う。


会社に向かった。平凡な日常であった。..

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