世界の破片の物語。

よだか

序 “観測者”と“思考”は地上の星を見る

 彼女も高い所が好きだ。大抵その町で一番高い場所を探せばいい。観測者たる自分の能力はあくまで『世界の状態をただ見つめ、報告する者』 欠片の状態を知ることはできても、それを宿す人間の位置を把握できるわけではない。


 「汝は人間が嫌いになったのか?」


 呼吸を落ち着かせてから、非常灯の放つ青白い光と夜景の光に佇む背に声をかけた。軽く傾げた首が「何故?」と問う。細く小柄のはずだがそれを微塵も感じさせない異様な存在感。膝まで伸びた髪は彼女が欠片と目覚めてからの年月を示している。


 「わざわざ、営業が終わった時間にいるからだ。……エレベーターを使えないのに、この高さは嫌がらせかと思うのだが」

 

 「ならば、来なければよいではありませんか? 世界構築をなす欠片全てを把握している最高位である貴方が私を訪ねる理由を私は知りたい。返答はお早めに。でなければ私の思考が暴走しだす。答え無きことを思考す続けるのが我が属性である故に」


 歌うように、揶揄するように彼女は私を促す。下界からの光で影になった彼女の面は見えない。勿論自身の顔も。けれど、とても興味深そうに微笑っているのであろうことは伝わる。


 「新たな属性に変容している気がしてな。ついでに言えば、汝と話すと頭が刺激される」

 「ようは話し相手が欲しくなると?」

 「……そうとも言う」

 「ふふ、素直ですね?」

 「汝は思考を駆使して“答え”に辿り着く“思考”の欠片。下手に隠して思考で暴かれるのは好きではない」


 そう、彼女は思考し続ける。ありとあらゆることを思考し続ける。彼女と話すには余計な思考に繋がる部分を極力排除してやればいい。


 「なるほど。して、変容とは?最高位たる観測者?」

 「その最高位は止めてくれ」 

 「では、“観測者”と呼んでも構いませんか?」

 「ああ。最高位であることは確かだが、それを振り翳す気はない。力としては影響力が一番少ない気もするしな。……本題だ。欠片の属性が変化している気がする。我が感じたのは揺らぎ。その詳細が知りたい」


 ククッと喉を鳴らす声がした。“思考”は楽しそうに眼下に広がる光の洪水を見せびらかすように回って、ちょうど目元だけ光が当たる位置でピタリと動きを止めた。此方の表情を推し量るように眇められた瞳。彼女は低く確認した。

 「後悔なさらぬか?」黙って首肯すれば蕩々と彼女は語り出す。


 「我は“思考”、様々の事象に思いを馳せ、思考を紡ぎ、答えを出した端から次の思考へと流れる止まらぬ者。多種多様な人間の思考にすら介入し、自身の経験として身に宿しながら永久に終わらぬメビウスの輪。思考は予測へと変わり、予測は過程になり、数多の結末へと変わる」


 「“予測”は別の欠片のはずだ“思考”」


 「えぇ、ですが1人がひとつの欠片しか持たぬと誰が決めました? 我は考えました。ええ、思考したのです。数多の属性で連なる者がいるだろうことに、人間が多面性であるように属性も見方や状況次第で色を変えるのではないか? だとすれば、欠片は多重するものと仮定できる。つまり自身が望めば連なる属性は重複して力に出来るのではないか? ……もう、お気づきであらせられるでありましょう、“観測者”」


 寒気を感じた。だが、そう我は気付く。いや、とっくに気付いていたのだ。彼女がそこに到達すると。ただそこにはまだ時間がかかると思っていた。僅かに首肯すれば彼女の目が三日月のように微笑った。臆さないように静かに息を吸い込み我は口を開いた。


 「汝は我の“観測者”の意識に追いついた。いや、その先を走り出した。我が伏せている事実にも気が付いているな。汝は自分の属性の応用に気が付いたが故にただの欠片ではなくなったのだ」


 彼女は黙って目で促す。「まだ、お話になりたい言葉をお持ちでしょう?」と。


 「そう、思考するだけならば、全人類がすることだ。それを属性として持つ意味はそれがただの思考ではないということ。そして、それは……」


 「“贄”(にえ)」


 「!」


 「あたりでしょう?誰もが欠片に目覚めるわけではない。目醒めて覚醒した後にそれの放棄を望む者もいる。世界に必要なのはバランス。思考を止めた人間の末路は決まっている。想像を止めた人間も同じこと。罪悪感や探究心もね。だからそれを欠片として宿すものはバランスを取るために、欠けた分を補うように思考し続けることを科せられた生贄という側面を持つ欠片である。」


 「……そうだ。他者が捨てた分の思考、あるいは想像力、慈愛、好奇心、判じる能力……それは明らかに重圧。どれほど精神力を強靭にしても、ひとたび制御を誤れば廃人になりかねない危うい欠片の属性。失われた欠片は新たな人に宿り、その過程を経て“世界”になる。その前にバランスが崩れれば……」


 「世界が滅びる。……ふふ、私、隠し事嫌いです。お綺麗事もね。だから、明らかである事実を、どんなに非情で救いがなくても口を噤むことはいたしません。世界は崩壊する。文字通りバランスを崩して、自らの手で滅びるか。その滅茶苦茶なバランスが自然界にも影響して大災害で滅びるか。いずれにしても滅びることに違いはないでしょう」


 前から恐ろしいと感じていた。どこか上の空で、何処にも彼女自身の意識が無いようで、それでいて誰よりも辛辣に隠されたこと、目を背けたい事実に辿り着いて語る彼女が怖かった。今宵よりも怖いと思ったことはない。彼女の思考が解放された今、我に出来るのは聞くことだけ。止める手は我には無い。


 「人は考え、知恵を生み出し、競い、利便性を求めて成長していった。結果、他を劣るものと位置づけ、虐げ、排斥し、頂点に立ったつもりで今があるとするならば、欠片が覚醒し始めたのはそれが道を外し始めたと何かが定めたから、いや、各自が持つ良心こそがその能力といえる。目覚めた力の裏にあるのは変革への願い、現代への警鐘。だとすれば、全てを覆す欠片が存在してもおかしくない。……違いますか?“観測者”」


 この女は、この存在は何処まで“思考”を使って到達したというのだろう。表立った能力ではない。だからこそ恐ろしい。ため息をついて1歩歩みを進める。光が目に当たり眩しさに目を細めた。彼女は1歩下る。影の中に隠れるように。


 「全てに犠牲は付き物だ。我は観測者故に思考が少ない。客観的な事実を追う欠片だからだ。私とお前は似ている。属性に目覚め、己自身の思考が薄れいていった。私は属性の客観性故に、お前はありとあらゆる思考を紡ぐ故に。それでも互いに選んでしまった欠片として生きることを」


 「これは私の復讐かもしれません。いいえ、ただの負けず嫌いかもしれません。能力に踊らされて死ぬのは嫌です。私は絶対に思考の中で自分を失わない。私は“世界”の欠片を探す。……きっと、貴方も一緒なんだ。色々考えては空回りするほど熱く行動的だった自分を完全に失わないために、私に逢いに来ているんだ?」


 口調が変わる。そう、我と……いいや、俺と彼女は幼馴染だ。政治や宗教、男と女の性差、興味を覚えた全ての意見を語り合う唯一無二の存在だった。けれど、欠片の属性に目覚めたあの日から互いに変わっていった。どちらもそのチカラが広範囲に及ぶ無尽蔵な属性だったが故に本来の性格にも影響を及ぼし、俺は客観性を保つために彼女から離れ、彼女は他者の思考に狂わないために人間達から離れた。自分で決めたこと、なれどそれは時折圧し掛かる。


 「そう、だな。欠片ではない自分に逢えるのは、お前に逢う時だけだ」

 「素直だね」

 「お前に隠し事は出来ない。いわばお前との逢瀬が休息になる」

 「ずるい。私はそこまで休めない。思考は止まらない。君に逢えばマシなのは認めるけどね」

 「だから探している」

 「?」

 「“眠り”あるいは“休止”の欠片を。それらが目覚めたら俺は会いに行く。観測者である俺はそれらが目醒めたら誰よりも早く気付くからな」

 「……安心した。お人好しで、世話好きで、こうと決めたら突っ走る君のままだ。期待してるよ。それまでせいぜい思考の海を漂ってる。とりあえず並列する属性の欠片達と接触を考えているんだ。高い場所に上れば見えないかなーとかね」


 互いに昔の口調に戻って閉館したタワーの上で語り合う。欠片を特殊な能力と位置づけることでいつの間にか遠くなっていた日常。他愛のない話の中で欠片の話が増えるだけ、それで良かったのだ。


 「“想像”と“慈悲”は既に覚醒している。お前より早く場所が特定できれば教える」

 「ん、待ってる。きっとまた人気無い高い場所にいるから頑張って?」

 「お前、毎回閉館の場所にいるけど、そんなスキルあったっけ?」

 「そんなの、“阻害”と“電波”に頼めばいいし」

 「いつの間に……まぁ、お前らしい」


 ゆっくりと階段を降りながら“思考”は囁いた。


 「高い場所にいれば数多の地上の光を幻視できる。その光の数だけ思考があり、その光によって生まれる影の分思考がある。高い位置でそれを見つめ、湧き出る思考を私は語る。語った言葉を“紡ぎ”が文章にして、世界にばら撒く。読んだ人間に思考は浸透を始め、“言葉”(コトハ)はそれを増幅し、解放する。震撼せし波は紋を描き、変革の流れの狼煙となる……“思考”は心より変革を望む。……“観測者”の見る世界に光があらんことを」

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世界の破片の物語。 よだか @yodaka

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