015

 少女はサクラと名乗った。なんでもニホンのジョシコーセーというヤツらしい。そのみょうちくりんな格好は、セーラー服とかいうのだそうだ。彼女が通っていたガッコーというところでは、同じ年頃の若者たちが集まって、勉学に励むらしい。いったい何のためにそんなコトをするのだろう。たとえ女に学があったところで、しょせん嫁にいくか、娼婦になるしかないというのに。もしくは、あの名無しの女のような悪党か。

 サクラは竜の心臓がもたらした叡智をもってしても、理解の及ばない言葉を使う。例えば、「このデロリアン――〈聖なるデロリアン〉はタイムマシンなの。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が好きでさ。こう見えてあたし、天才科学者なのよね。――あ、しまった。さっき名前訊かれたとき、クリント・イーストウッドって言っとくんだった。てへっ、失敗失敗」

 タイムマシンというのは、ようするに時間を超えることのできる魔法の道具らしい。やはりどう考えても女神の御業によるものとしか思えないのだが、サクラはこれを自分で作ったのだという。実に信じがたい話だ。

「おっかしいのよねェ。あたしはただ10年後に行こうとしただけなのに、うっかりくしゃみした拍子にヘンなトコいじっちゃったみたいで、気がついたらこんな異世界に……。時間座標メーターがふり切れてる以外、故障らしい故障は見当たらないし、ホントもう意味わかんないわ。もとの世界へ帰ろうにも、次元を超えちゃった原因がハッキリしないうちは、ヘタにタイムマシン動かすワケにもいかないし。次はどこへ飛ばされるかわかったもんじゃないもん」

「……そのわりには、ずいぶん落ち着いてるように見えるが?」

「だって単なる偶然とはいえ、時間だけじゃなくて次元を超える装置を造っちゃったわけでしょ? いやァ、ひょっとしたらあたしは天才じゃアなくて、大天才なのかもしれないわ」サクラは少女らしからぬ下品な笑い声をあげる。「しかも美少女だし、金持ちだし、天はあたしに二物も三物与えてくれちゃったってワケね。“天は造化に命じたり、あまねく美徳えりすぐりただ一人の身満たすべし。造化はただちに集めたり、ヘレンの見た目の容色を、クレオパトラの尊厳を、アタランタの俊敏を、ルクレーシアの貞節を。かくして生まれぬロザリンド、神々がその力もて、顔も瞳も心根も美しきものにしたまいぬ。”」

「ハァ?」

「シェイクスピアをご存じない? って、そんなのアタリマエか!」

 ジャンゴは無視して話を進めた。「ようするに、原因がわかればいいんだろ。だったらおれにイイ手があるぜ」

「イイ手?」

「今のままじゃ原因がわからねえなら、原因がわかるアタマを手に入れりゃアいい」

 ジャンゴの叡智をもってしても、サクラがもとの世界へ戻る方法はわからなかった。だがサクラ自身が〈知恵の鮭〉を食べれば、ひょっとしたら何か思いつくかもしれない。

 それに〈聖なるデロリアン〉の速度ならば、きっとコルブッチに追いつける。何を隠そう、急ぎのジャンゴが彼女の身の上話を悠長に聞いていたのは、最初からそういう下心があっからだ。あとコルブッチから鮭を横取りするにしても、すでに竜の心臓を得たジャンゴが食べるのはもったいない。

 そういうワケで、ふたりの利害は一致したのだった。

「――ちょっ、そんなトコに棺桶載せないでよ! ボディに傷がつくじゃん傷がァ!」

「しかたねえだろ。ほかに載るトコねえし」

「あっ、あっ、そんな乱暴にしちゃ――ソコはダメぇ、ダメだったら――アッー!」

 周囲の景色を置き去りにして、〈聖なるデロリアン〉は風のごとく駆ける。駆ける。なんでも150馬力――馬150頭分の能力があるのだとか。この速さなら、コルブッチに追いつくどころか、先回りすることさえ不可能ではないかもしれない。しかも、呑気に窓の外を眺めながら。あの場でサクラとめぐり会えたのは、きっと女神の采配に違いない。

「ねえ、あんたの話にちょくちょく女神が出てくるけど、それってどういう女神なの? 名前は?」

「名前はない、ただ女神って呼ばれてる。全知全能の女神だ。どんな姿かもわからねえが、この大陸の東のはて、太陽が沈む海の近くに、女神じゃないかっていう壊れた古い巨像がある。もとはエルフが信仰する女神だったんだが、その加護を受けた勇者――つまりおれが魔王を倒して世界を救ったコトで、人間グリンゴのあいだでも崇拝されるようになったんだ」

「ふーん。なんだかあたしのいた世界の宗教と似てる。その神様は名前を言っちゃいけないし、偶像を敬うのもダメ。もとはとある民族が信仰してたんだけど、あるひとがキッカケで、やがて世界じゅうの人々に広まったの。……案外そういうものなのかもね。それがひとの営みである以上、どこかしら似通ってくるものなのかも」

「そういうもんかね」

「ねえ、この世界のコトもっと聞かせて。あたしそういうのすっごく興味ある」

「いいぜ。どうせ目的地へ着くまでヒマだ。――もともとこの地は無人だったんだが、西の海からドワーフ族とエルフ族がそれぞれ移住してきた」

 いつしかドワーフは姿を消し、入れ替わるようにしてゴブリンが現れた。ゴブリンは鉱山を掘り、その際に発生する穢れた水が大地を凌辱し、森は枯れ、病が蔓延した。激怒したエルフはいくさをしかけ、ゴブリンを追い出すことに成功する。だが〈東の森〉の平穏は長く続かなかった。新たに東の海から現れた人間グリンゴが森を伐採し、次々とエルフの土地を奪い取ってしまう。さらに追い撃ちをかけるような竜の襲撃――。以降今日に至るまで、セルジオ王国がこの地の覇権を握っている。〈東の森〉とは本来この大陸全域を指していたのだが、森が減少し人間グリンゴが勢力を拡大してから〈西つ国〉と呼称されるようになった。

 魔王の出現は、ある日突然のことだった。何の前触れもなく現れて、人々をしらみつぶしのように殺戮していった。エサにするためではなく、かといっておもしろがっているようでもなく、ただ殺した。そこに何かしらの意思らしきものは、いっさい見られなかった。それこそ殺意さえも。

「言ってみりゃア魔王ボーレガードは、地震とか洪水みてえなもんだったのかもしれねえ。それか疫病だな。生命に死をもたらすためだけのナニカだった」

 ジャンゴはこの地の伝説を語り、歴史を語った。おのれが前世で直接経験してきた過去を、憶えているかぎり語った。忘れてしまった部分は尾ひれをつけて騙った。知らないことは知ったかぶった。サクラが相手だと妙に会話が弾み、口からするすると出まかせ。湧きあふれてとどまるコトを知らなかった。

 サクラはこれらの話を楽しそうに聞いていたが、特に女神について関心を持った。

「女神ってずいぶん働き者なのね。この土地で起きた出来事の要所要所に、かならずと言っていいほど女神の影がある。なかには実際よりも盛った部分とか、あとづけの作り話とかもあるのかもしれないけど、なんかこう都合がイイときに現れるというか、ご都合主義というか」

「なに言ってやがる。神様ってのはそういうもんだろうが」

「そりゃアまァ、神話のなかではそうかもしれないけどさ、この世界では女神は現実のものとして存在してるワケでしょ? でもそれにしては現実離れしすぎじゃん。あたしみたいに先入観のない状態で、女神に関する伝承の要約をイッキに聞いたから気づけた違和感なんだろうけど」

「ゴチャゴチャぬかしてるが、ようするにアレか? てめえは女神が架空の存在だって言いたいのか? 伝説は全部真っ赤な嘘っぱちだって」

「別にそういうわけじゃア……こんないかにもなファンタジー世界で、神の存在を疑う理由なんかないし……。まァ、神の定義にもよるけど……。あたしが言いたいのは、つまりその、上手く言えないんだけど、なんか違和感があるっていうか……まるで、先のコトを全部見通してるみたいな……」

「女神は全知全能なんだ。未来を予知するくらい出来てもおかしくねえ。実際、魔王がいずれ復活すると言ったワケだしな」

 どうもサクラは、女神を過小評価しているきらいがある。おそらく彼女の世界の神はよほど無力なのだろう。神を騙るのもおこがましいくらい。そんな偽神と〈西つ国〉の女神を一緒くたにしないでほしいものだ。

 サクラはあからさまに話題をそらす。「ところで、灰色のコルブッチとかいう魔法使いのコトだけど」

「あのクソッタレがどうかしたか」

「確かにハゲタカなら、このデロリアンかそれ以上のスピードが出せるけど、それはあくまで全力のハナシであって、ひとを乗せた状態じゃアそうはいかない。乗ってるひとも長時間の飛行に耐えられないだろうから、いくらなんでも休憩抜きにはムリなハズ。とっくのとうに追いついてもおかしくないわ」

「おれのほうは〈東の森〉から迂回したしな。一直線に向かったコルブッチと、同じ道をたどってるわけじゃアない。ひょっとしたら、もう追い抜いちまってるかもだ。まァ先回りできるなら、それに越したことはねえ。先に〈知恵の鮭〉を釣り上げちまおう」

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