004
ふたりは落ち着いて話せるよう店を変えて、酒杯を交わした。
「わしを憶えておるか?」
「灰色のコルブッチだろ。確か先代――いや先々代のとき会ったコトがあるよな?」
「そのさらに1代前じゃ。あいさつを交わした程度じゃが」
「ああ、そうそう、そうだったそうだった。いやァ悪いな。なにぶんこっちは13人分の人生を生きているもんでね。どの記憶がいつの出来事だったやら、正直自分でもよくわからん。というか、昔になればなるほど記憶が擦り切れて、ほとんど忘れちまってるんだが」
「すると、魔王ボーレガードのことは?」
「そいつは心配ねえ。今でも鮮明に思い出せるよ。おれがあのおそるべき怪物を〈聖なる機関銃〉でズタズタに引き裂いてやった瞬間のことは。たとえ今朝の朝飯が思い出せなくなっても、その瞬間の記憶だけは、いつまでも色あせず残ってやがる」
「それを聞いて安心したわい。いつ魔王が復活しても大丈夫じゃな」
「で、魔法使いがおれに何の用なんだ? 魔王の復活を知らせに来たわけじゃアないみたいだが」
「わしの見立てではそう遠くない。今のうち備えておく必要がある」
コルブッチはレオーネとの一件を語った。そのまま話すのはアレなので若干抑えめに。
話を聞き終えたジャンゴはうんざりした様子で、「そのレオーネとかいうクソッタレをぶち殺しちまったほうが、てっとり早いんじゃねえの? そうすりゃアンタが、この国一番の魔法使いだ」
「バカを言え。そんなコトをして国王陛下の信用が得られるものか」
「バレなきゃア問題ねえさ。何だったら、ヤツに何かしら濡れ衣を着せちまえばいい。例えば、セルジオ王国を裏切って魔王に組したとか何とか」
「そもそもレオーネが御しやすい相手なら、苦労しておらんわい」
「オイオイ、それを言うなら竜退治のほうがはるかに面倒だろ」
「なに、ほかの者ならばいざ知らず、魔王を倒したおぬしにはどうというコトはあるまい」
「そりゃア確かに? 魔王よりは弱いだろうさ。魔王よりは。けどだからって、竜が弱いってワケじゃアない。それに何度も転生して、多くの経験値を積んできたおれだが、まだ竜とは戦ったコトがねえ」
「それはよかったのう。きっとイイ経験になるハズじゃろうて」
「冗談じゃねえ。勇者としての使命は果たすが、それ以外で厄介事はゴメンだぜ。だいたい〈東の森〉の竜は、聞けばもう何百年も引き篭もってるってハナシじゃアねえか。ほっとけば安全だってのに、ヘタにちょっかい出してヤブヘビになったらどうする?」
魔王が復活するまでのあいだ、勇者ジャンゴは何もせずただ待っているわけではない。国じゅうを旅して、民に仇なす盗賊や魔物の討伐を行っている。〈聖なる機関銃〉を授けたとき、女神は言った――勇者としての使命をおこたれば〈聖なる機関銃〉は力を失う、と。単に勇者を続けられなくなるだけではない。そうなれば勇者に恨みを持つ悪党どもが、ここぞとばかりに押し寄せるだろう。
そのジャンゴが〈東の森〉の竜を無害だと断定している。たとえ国王の命令であっても、自分の判断を曲げはしない。
「カンチガイするなよ。あの竜が邪悪なのは疑いようもねえ。もしヤツが目覚めて、かつてエルフの王国を滅ぼしたときのように、暴虐のかぎりを尽くそうとするなら、このジャンゴ様が始末してやる。……だが、それは今じゃアない」
「威勢がよいのは結構じゃが、本音では竜がこわいのではないか?」
万が一竜に殺されたとしても、ジャンゴは転生するコトができる。この地でジャンゴの死後に一番早く産まれる赤子の肉体へ、その魂を宿すのだ。しかし当然ながら、まともに戦えるように成長するまで時間がかかるので、魔王の復活が近いというのなら、そんな事態はなるべく避けたい。
「おれを臆病者呼ばわりしたいなら、好きにしやがれ。勇者としての矜持を捨てるくらいなら、おれは臆病者でいい」
「……どうあっても、竜退治に協力する気はないと?」
「むしろ、おれはこの場でアンタを始末すべきじゃないかと考えてるんだ。コルブッチ。アンタをほっといたら、おとなしく寝てる竜を目覚めさせちまいかねないからなァ」
コルブッチはテーブルの横に置かれた棺桶を横目に見る。はたしてジャンゴが〈聖なる機関銃〉を構えるのと、コルブッチが呪文を唱えるのはどちらが速いか――。
「おぬしはわしに恩があるはずじゃぞ。ついさっき指をくっつけてやったばかりじゃというのに」
「ありがたいと思ってるぜ。だがそれとこれとは話が別だ。勇者として、アンタのやろうとしているコトは看過できない」
「……こうなってはしかたあるまい。この手はなるべく使いたくなかったんじゃが……」
コルブッチはふところから、3枚の紙を取り出してテーブルの上に放った。そこには、見事なまでに精巧な写実画が描かれていた。まるで風景をそのまま切り取ったかのような。
その絵には、3枚とも空き巣を働くジャンゴの姿が描かれていた。
ジャンゴの額に、脂汗が浮かぶ。明らかにうろたえている。
「わしが遠見の魔法で見た景色を、紙に写し出したものじゃ。まったく、勇者というのは大変じゃのう? 悪に苦しめられるのは、いつだって貧しい民じゃ。いくら救ったところでカネにはならぬ。じゃが一方で、生きていくにはカネがいる」
本来なら、勇者の活動を代々国王が援助してくれることになっている。だが、現国王がジャンゴを近衛として召し抱えたがり、それを拒絶したせいで、貴重な収入源も断たれてしまった。
「盗賊どもから有り金を巻き上げるのも限度がある。となれば、あとはギャンブルか――盗むしかないのう。まァ最低限女神に愛想を尽かされぬよう、私腹を肥やす悪党どもからしか盗んでおらぬようじゃが? しょせん盗みは盗みじゃ」
「そんなのはデタラメだ。アンタのでっち上げだ。だいたい、こんな紙切れが証拠になるかよ。絵のなかのことが事実だと、どこの誰が信じる? ましてやアンタみたいなうさんくせえまじない師のハナシなんてな。そもそも、だからこそ躍起になって、竜の心臓を手に入れようとしてるんじゃアなかったか?」
「確かにおぬしの言うとおりじゃろう。こんなものは証拠にならんし、わしの声をまともに聞き入れてくれる者などおるまい。ましてや告発相手が勇者となれば、なおさらじゃ」
コルブッチがアッサリ同意したことに、ジャンゴは怪訝な様子で顔をしかめる。「なにを笑っていやがる」
「おうさ、おぬしの指摘に間違いはないとも。……しかし、しかしじゃよ。わしにこうして暴かれたからといって、おぬしは盗みをやめるのか? いや、やめられるのか?」
「あァン? 何だって?」
「これからわしは、おぬしを四六時中監視するぞ。つぎに盗みを働いたときがおぬしの最期じゃ。かならず現場を押さえてくれるわ」
「脅しのつもりか? 盗っ人は両手を潰されるんだったか」ジャンゴは鼻で笑う。「おれがホントに盗っ人だとして、その程度の罰をおそれて信念を曲げるとでも? おれはギャンブルで指すべて失くす覚悟だったんだぜ」
「その見立ては浅はかじゃよ。実に浅はか。おぬしは縛り首じゃ」
「おれは勇者だぜ? たかが盗みで、縛り首にされてたまるか」
「勇者だからこそ、じゃよ。自分のコトなのに忘れてしもうたか? おぬしは死ねば転生する。ならば盗っ人になった勇者なぞ、別に殺してもかまわんじゃろう?」
ジャンゴは絶句した。怒りか、はたまた恐怖か、カラダを小刻みに震わせている。
民衆が敵にまわるコトのおそろしさを、ジャンゴはよく知っているだろう。何度もくりかえす人生のなかで、思い知らされざるをえなかったとも言える。おまけに今は国王とも不仲だ。コルブッチの脅しはまんざらありえないハナシではない。
「普通ならば、死んだらそれでもう終わりじゃが、おぬしの場合は処刑の苦痛を憶えておけるから、罪を反省させるには効果テキメンじゃろうて」
何度生まれ変わろうと、ジャンゴはジャンゴだ。別人になったりしない。だが一方で、ひとは変わるものだ。前世の記憶は完全ではないし、一から人生をやり直す以上、まったく同じように育つほうが難しい。6代前のジャンゴならば、盗みに手を染めなければならない状況になった時点で、自殺していたに違いない。そういう意味では、悪の道に堕ちた今のジャンゴを殺して転生させる手は合理的だ。特に国王は、コルブッチの発言力を差し引いても、よろこんで提案に乗りかねない。今度こそ勇者を近衛とするために。
「……コルブッチ、魔王の復活は近いって、アンタ言ったよな? そのタイミングでおれが転生したりしたら、満足に戦える年齢まで成長が間に合わないぜ」
「そうとも。じゃからこの手はなるべく使いとうない。のうジャンゴよ、おぬしも言うたであろう? あの竜が邪悪なのも、また事実じゃ。眠っておるあいだは無害やもしれぬ。じゃが、いつまで眠っておるかは誰にもわからぬ。そして目覚めた日には、確実にこの国の災厄となる。かつて〈東の森〉を焼き払い、エルフの王国を滅ぼしたように。想像しうる最悪のシナリオは、竜と魔王の出現するタイミングが重なるコトじゃ。それだけは何としても避けねばなるまい。今のうち竜を始末するに越したことはなかろうて」
「…………」
この様子だと、あとひと押しでジャンゴは落ちる。コルブッチは最後の手札を切ることにした。
「わしの目的は、あくまで竜の心臓のみじゃ。それ以外はおぬしの好きにしてかまわぬぞ」
「……それ以外、だと?」
「なんじゃ知らんのか。〈東の森〉の竜が居座る荒城は、エルフの王国の居城じゃった。そこにはエルフの秘宝が、山のように死蔵されておる。そもそも竜があそこを襲ったのも、財宝を奪うためじゃったに違いない。なにせ竜は光り物が好きじゃからな」
「ンなこたァ、アンタに教わるまでもなく知ってる。おれが訊きたいのはそういうことじゃなくて、ホントに竜の財宝をおれが独り占めにしちまっていいのか?」
「おうさ。わしは竜の心臓が手に入れば、それで満足じゃ。ほかには何ひとついらぬ。女神に誓って」
「二言はないだろうな? あとから気が変わったとか言うなよ」
「くどい。いらぬと言ったらいらぬ。首尾よく竜を始末した暁には、おぬしに財宝をすべてくれてやる」
竜の財宝さえ手に入れば、もう盗みに手を染める必要はなくなる。これでジャンゴが話にのって来ないなら、さすがに説得をあきらめるしかない。
「……いいぜ。竜退治を手伝ってやる」ジャンゴはささやくように、けれども力強く口にした。
「最終確認じゃ。わしは心臓、おぬしは財宝。それで異存はないな」
「ああ。契約成立だ。よろしく頼むぜ」
ふたりは空になった杯に酒を注いで、あらためて乾杯すると、おたがいイッキに中身を飲み干した。
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