第18話
私の予想通りいつもの時間が流れていった。ただ違うことは私の気持ちだろう。もう智也から離れる気はなかった。例え父が結婚、結婚と騒いでも、もうお見合いなどしない。私は智也の側にいるんだから。
***
あれから父からは、見合い話は来ない。あの時、聡さんに返事をしたけれど、聡さんは言っていたように私たちの関係を保留にしてくれているみたいだった。助かっているのが半分、聡さんと何もないとばれた時の反動が怖いのが半分。たまに探りの電話がかかってくる程度だから、バレたらそれこそ怒りまくられるんだろう。
そんな感じで、時々ばれた時のことを考えて背筋がゾッとすることはあっても、智也と私の関係は順調だった。
そう言えばあの日の翌日に、智也は実家に帰ってしまった。側にいろよとか言っておきながら突然なんだから。あまりにも帰ってない家の掃除で時間を潰したのだけど、今かで私は一人でいる時間を何に費やしていたんだろう。智也と二人の時間に慣れてしまって、もう一人でいる時間を潰すことも難しくなってきている。
そんな風にすっかり智也との時間を楽しみ過ごしていた。夏も過ぎ秋もあっという間に通り過ぎて冬になった。
父との約束のお正月が迫っている。どうやり過ごそうか考える時間が増えていった。聡さんに頼るのも、もう限界だろう。
「クリスマスイブはあのホテルのディナーな!」
「あ、うん。で、でも高いんじゃない? それに今から予約取れるの?」
きっともうクリスマスイブのディナーの予約は一杯になっているだろうし、私は二人でいるならどこだって構わない。
「もう取ってるんだよねー」
「早いなあ。いつ取ったの?」
「内緒。それより梨央奈は新しい服でも買って準備しておいて」
「わかった」
智也、張り切ってるなあ。私の気分はそれどころじゃない。お正月にはさすがに帰らないといけない。もう逃れたり濁したりは出来ない。智也に付き合ってるか確認するぐらいはしておかないと……まだそんなところをさまよってる自分の恋愛下手にウンザリする。
「梨央奈? イヤなの?」
「ううん。違う。ちょっと考え事」
「そう」
***
「久しぶりだねー」
結局、付き合ってるか確認できないままクリスマスイブまできてしまった。今は、ホテルの最上階に向かって上昇中のエレベーターの中。
「梨央奈は半年ぶりか……」
「あ、や……」
最後に来た時はお見合いの時だった。相手は智也ではなく聡さん。智也が珍しく皮肉を言うなんて。
「冗談だよ」
「も、もう!」
チンと、時を見計らったように最上階に到着した。智也は私の手を握ってエレベーターを降りた。
予約で一杯何だろう。もうすでにほとんどの席は埋まっている。聡さんと来た時は鉄板焼きだったが、こちらは普通のレストラン。窓際の夜景が一望できる席に案内された。いつ予約したんだろう? こんないい席。
ディナーにワインと楽しい会話が弾む。心配ごとは、今日は心の隅へと押しやった。
ディナーもメインを食べ終わってあとはデザートだけになった。再び顔を出す心配ごと。この機会に聞いてしまったらいいんじゃないか? で、でも……。自信がない。それに私は智也の側にいるだけでいいなんて言ってしまったんだから、今更付き合ってるか確認できない。
「梨央奈?」
「う、うん?」
「ほらデザートがきたよ」
「ああ、うん」
デザートのケーキが目の前に運ばれてきた。キラキラした飾りが乗っかってる。綺麗。まるで指輪みたい。最近はこんな飾りがあるんだあーー? え? あれ? これって……! 本物の指輪じゃない。
確かめるために指で触りその感触を確かめる。冷たい石と金属の感触だ。間違いないこれって指輪!
「と、智也?」
指輪の贈り主に間違いないはずの智也を見ると、私の反応を見て楽しんでいるよう。
「驚いた?」
「う、うん」
ニコニコと楽しんでいた智也の顔が、一気に真面目な顔に変化していた。
「梨央奈、俺と結婚してくれ!」
「へ?」
へ? だった。頭の中はハテナマークが飛び交っていた。付き合ってるか確認できないと諦めていたところに突然の求婚。そんなこと有り得るの? で、でもちゃんと結婚という言葉が出てきたし……。二十三の彼からそんな言葉が出て来るなんて思いもしなかった。
「梨央奈……ここまでやって、へ? はないよ。へ? って」
私の目を真剣に覗き込んでいた智也の目線が下へとそれた。智也はすっかりうつむいてしまった。
「あ、いや、その。ごめん」
「ごめんって……それは返事?」
「やー! 違う。違う。へ? とか言ったからそれで謝っただけで……。あの、その……本気……だよね?」
パニックに襲われながらも、それでも信じられない現実をちゃんと確認する。
「本気だよ。じゃなきゃここまでやんないでしょ?」
「そ、そうだよねえ」
智也は本気だ! 本気なんだあ。嬉しさが今更ながらに込み上げてくる。目の前がウルっとして視界が歪む。
「……返事聞いてもいい?」
うなだれていた頭を上に上げて、智也は真剣な目つきで聞いてきた。
「うん。うん。うん。ありがとう。私も智也と結婚したい」
「派遣でも? 年下でも?」
「うん。関係ないよ。うん」
もう、うんとしか言えないよお。嬉しい。確かに不安なことはたくさんあるけれど、だけど決めてたのだから私は智也の側にいるって。これ以上のことなんて求めていない。
「じゃあ、決まり! お正月には梨央奈の実家に挨拶行くからな」
「え?」
「え? じゃないよ。梨央奈また見合い話持ってこられたらどうするんだよ」
「あーそうか。そうだよね」
嘘みたいに心配ごとは消えていく。あとは父が智也の存在を認めてくれるかどうかだけで……って、これってすごい大変なことだよね。二十三ってだけでも納得しなさそうなのに、さらに派遣社員だなんて聞いたら、お父さんどんな反応するか……。
「梨央奈は呑気だな」
呑気じゃないよ。心配性だよ。
でも、反対されたって気持ちは変わらない。絶対変わらない。
「智也の方が呑気じゃない」
「え?」
「挨拶行くんだよ。もっと緊張したら」
「さっきまで十分緊張してたよ」
え? そうなのそんな風には全く見えなかったのに。
「嘘」
「本当。バレないか気が気じゃなかったし、デザートの上に乗せてる指輪に気づかなかったらどうしようか、結構気にしてたんだからな」
「あ、気づかなかった一瞬」
「やっぱり」
「あはは」
「食べそうになったら、注意したらそこで終わるから気が気じゃないよ。全く」
そんなにウカツに見られてるの私。最初の頃に料理中に見られてたのは見張ってた?
「指にはめてみてよ」
「う、うん」
指輪についていたクリームをナプキンで落として左手の薬指にはめる。
「うわ。ぴったり」
「だろー」
智也は誇らしげにしている。いつサイズを確認したんだろう。
「いつのまに? いつなの?」
「梨央奈が寝てる間だよ」
「あー、そっかあ」
聞いてみればたわいのないことだけれど、智也はそこまでやってくれていたんだ。用意周到に全てを計画して準備をしてくれていたんだ。
「智也、ありがとう。すっごく嬉しいよ」
「あ、ああ」
照れ臭そうに笑う智也を愛おしく思う。
***
智也とその夜ホテルに泊まった。最高のクリスマスプレゼントをもらった。
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