第11話
「ご飯って……ただ買ったパンじゃない」
ドライヤーで髪を乾かして服に着替えてリビングに来てみると、ダイニングテーブルにはコンビニのパンが置いてあった。そう言えば昨日買い込んでいたっけ。それに智也は朝食を作るとは一言も言ってない。
「俺、何にも作れないし」
よくそれで一人暮らしが……え、智也って一人暮らしだよね?
智也を見るとさっきと違うシャツを着ている。あ、濡れちゃったからだ。
「それじゃあ、今度は梨央奈が作ってよ。材料も買ってくれよ。俺わかんないし」
「本当に何も作らないの?」
「あー、お湯沸かすぐらい?」
「それは料理とはいいません。ちょっとキッチン見せてね」
「どーぞ」
私は智也の部屋のキッチンへと入った。智也の言う今度はいつになるのか、本当にやってくるのかはわからなかった。けれど、その言葉を聞いて胸がドクンと躍った。次があるのかもと。そして、お湯しか沸かさない智也のキッチンをチェックすることで本当に一人暮らしか確認した。
キッチンには調理器具はすべて揃っていた。食器もきちんと揃えてあった。炊飯器もあるけれど使用されてはいない様子だった。電子レンジは使っているし、冷蔵庫も。ただし、冷蔵庫の中はビールやお茶などの飲み物がほとんどで、野菜室は空っぽだった。調味料も塩と醤油はあったけれど料理するには不揃いなものしかなかった。
智也のお湯しか沸かさないという言葉は真実だし、智也は一人暮らしだと思われる。ホッと少しだけれど安心する。私以外の誰かがいないと……。変なの私以外の誰かがいるなら、私になんて手をださないよね。
「どー?」
「こんなんじゃ、何も作れないじゃない」
「じゃあ、今度は買い物いっぱいになるな」
今度っていつ? なんて聞けない私。
「それより食べよう。お腹減った!」
智也はダイニングテーブルに座った。私も椅子を引いて智也の目の前に座る。
「いただきます」
「どうぞ」
「ふふ」
智也が作ったわけじゃないので、なんだかおかしくて笑った。目の前に座る智也。一緒に食べる朝食。なんだか幸せだけど、不安が影のように私の心に忍び寄る。智也……私ってなに?
食べ終わるとしばらくはリビングのソファーで話をする。全裸を朝から目撃されているからなのか、自然な会話が出来る。
「あ、そうだ! 今日さあ、ここ!! お昼に食べに行かない?」
智也はテーブルに置いてあった雑誌を見せる。
「智也って外食が好きなの? それとも作れないだけなの?」
「どっちも……かな?」
ニコリと可愛い笑みを見せる智也。
そんな微笑みにいちいち反応してしまう私。
ダメだ。完全に好きになっている。もうこの想いは止められない。例えそこになんの可能性がなくっても。
「ふーん。美味しそうだね」
雑誌を見てそのお店の料理の写真を見る。雑誌はこの沿線のグルメ特集だった。
「だろう? 特にランチが良さそうなんだよね」
ランチがオススメと書いてある。
「智也って……一人暮らしだよね? 毎日、外食なの?」
「うん? そうだね。面倒だとカップ麺とか弁当買ったり、まあ、そっちの方が多いかな」
「体に悪いよ!」
「じゃあ、梨央奈が作りに来てよ」
「え?」
「梨央奈作れるよね?」
「あ、うん。まあ、普通ぐらいには」
一人暮らしはもう六年以上。そこまで美味しさに追求はしていないけれど、それなりには作れる。
「一人暮らしって大変だよなあ」
「そうだね」
気になったから聞いてみる。
「智也、ここって智也の給料で住めるの?」
かなり踏みこんだ質問だけど、気になってしかたない。冷蔵庫も一人暮らし用とは思えない大きさだったり、家電や家具、調理器具や食器も全てが用意されてます、って感じなのに肝心の住んでる本人はカップ麺を食べてるなんて……今も菓子パンを食べてるし、違和感がありすぎる。そして、派遣社員どころか、うちの新入社員でもここは豪華過ぎる。私の給料でもやっては行けないだろう。
「あー、ここね。ここは余ってたんだよ」
「あ、余って?」
こんな豪華なマンションがなぜ余るの?
「姉貴が住んでたんだけど、引っ越したんだよね。で、余ってたんで、俺に話が回って来たんだ。会社も近くだしちょうどいいって」
「な、ここって分譲なの?」
「うん? ああ、そう。まあ最悪、人に貸せるから、いいんじゃない」
お、お坊ちゃんですか? 一人暮らし用って言ってるけど、確かに間取りは1LDKだけど……でも、二人でも住める大きさ、広さなんですけど。私の部屋なんてこのリビングよりも狭いかも。
「お金持ちなんだね」
「親はね。俺はただの派遣社員だけど」
「そう。そうだね」
その辺なんかあったのかな? そこまでは踏み込んで聞けないや。
「それよりご飯作ってくれるの?」
「あ、まあ、うん。いいけど」
一人前も二人前も作るのは変わらない。むしろ作りやすいし作りがいもある。
それよりも……いいの? それってここに私が通うってことだよね?
「じゃあさあ、来週からね。明日は準備で買い出しにいこう」
なんだかワクワクしてる子供みたいで可愛い。
そして、さりげなく明日も会うことになる。う、嬉しい。先週放り出された気分がしていた。休日に会わないって……確実にダメじゃないって。でも、今日も明日も一緒に過ごす。そして、来週からはここに通うみたいだし。今度はまたもやすぐにきた。
「うん」
声は自然と弾んでしまう。一緒にいる時間が増えれば期待も増える。まだどんな関係なのか聞けないままなのに。
私達って何なんだろう?
*
「うーん。美味しかったけど、ここまで並ぶほどか?」
「確かにすごい並んだね。雑誌に載ったからじゃない?」
「そうかあ」
グルメな智也に不安がよぎる。わ、私の料理の腕前はそこそこなんだけど……多分。
「と、智也あの私そんな料理上手じゃないんだけど……」
あとから不味いと言われるのも嫌なので先に言っておこう。
「うー? あ、ああ。うん。それは別に。お金取って行列まで並んでって話だから、気にしないでもいいよ」
気にするってば。さっきのお店十分美味しかったし……そう言えば、最初の居酒屋さんもそのあと食事したお店も全部美味しかった。智也ってグルメなの? あ、でもカップ麺やお弁当食べてるか。
「ここの近くに映画館あるんだけど、観たい映画ある?」
「え?」
私の気持ちは一気に跳ね上がる。こ、これってデートってこと?
「ないならいいんだけど」
「あ、いや、ある! そ、そこでやってるかなあ?」
嘘です。大嘘です。
映画なんて観るのはDVDになってからレンタルでしか観ない。だから最近何をやってるのかもわかっていない。レンタルして観る時も、気分転換とか暇だとかそんな理由。一緒に観に行く人がいなければこんな風になってしまう。
だけど、このチャンスは逃せない。デートだよね? デートなの?……ただの気まぐれ?
とりあえず着いたので、興味ありそうな映画をチョイスする。アクションも恋愛もあるって感じっぽい、なんだか人気がありそうな洋画を選んでみた。男の人って恋愛ものはあんまりなんだよね。きっと。よくそういう話を聞くし。それに、今の私はそんな気分ではないし。ん? なんでなんだろう?
チケットを買い飲み物を買う行列にまた並ぶ。今日は行列ばっかりだな。
そういえば一人だと並んでまでってすることもないからかなあ。
「梨央奈って恋愛ものとか選ぶんだと思ってた」
「あ、うん。今は気分じゃないの」
そう、恋愛ものが多かったはずなのに……! 自分が今、恋愛してるから……え? これって恋愛? あれ? ってことは……片想い……をしているの?
痛快、爽快なアクションで、ちょっとラブがある、まあ面白い映画だった。良かった。駄作だったら、ここにきてから選んだってバレバレじゃない。もしくはセンスが疑われるかも。
その後はブラブラと街を歩く。仕事に来ている街とは顔が違っている。ここってこう一面もあるんだ。と、今さらながらに思う。
智也は何を考えているんだろうか。私には全くわからないよ。智也。
*
その日はまた外食して
「じゃあ、また明日な」
という智也の言葉に安堵して家に帰った。
さみしいような良かったと安堵するような気持ちで。
*
日曜日の朝の私は念入りに服を選ぶ。智也に会えると胸躍るこの気持ちで早くから起きて、ずっと服を選んでいる。今さらなんだけどね。だけど、心が湧き立つ。このままじゃあ、嫌なんだと。少しでも智也の気持ちを動かせたらと。
*
「智也!」
駅で私を待つ智也。長身でほっそりして見えるけれど、本当は筋肉がしっかりついた体。そして、その可愛い笑顔。
*
調味料を中心に食材を買い、智也の家にないものを買い足して行く。
「今日のお昼ご飯はどうするの?」
これだけ買っているなら、お昼ご飯も作ることができる。
「ん? ああ、作ってくれるの?」
「まあ簡単なものならね」
一人暮らしだったから、よほど食べたい! と、思わない限り手の混んだ料理など作らない。
作れるレパートリーも限られているし、智也をあまり期待させたくない。後でガッカリされた困るから。智也ってグルメだしね。
*
智也の部屋に運び込んだ食材達は、私が使いやすい場所にしまわれていく。なんだか私の居場所ができたみたいだ。
簡単なパスタで昼食を今度は
「いただきます」
と、智也が言って、
私が
「どうぞ」
と答えた。
智也は爽やかな笑顔で私と会話しながら食べている。
作っている間中、智也は心配なのか興味本位なのか、ずっと私のそばからはなれなかった。
「美味しい?」
聞きたいけど答えが怖い質問をしてみる。
「美味しいよ。手際もいいのに。なんで謙遜するんだよ。仕事もそうだけど」
「え? そ、そう?」
「うん。もっと自分を認めたら?」
智也みたいに……誰もをうならせる才能があれば私だって! 言いたいよ。自分を認めてもらいたいに決まっているじゃない。だけど私にはその才能がないんだよ。才能が……。
昼食が終わり洗い物をしているとまた智也が見物にくる。
「ねえ、見てるんだったら、洗ってみたら?」
「ん? あー、そうか。そうだね。じゃあ」
と、腕まくりをして智也がキッチンに入ってきた。そして、私の真後ろにから前に腕を回してくる。
え! ええ? 後ろに回るの?
智也はそっと私の手の上に手を乗せてお皿を洗う。これって……洗ってないじゃない! ただ後ろからエロく迫ってるに過ぎないんですけど!
エロくは私の願望が混じっているんだろうけど。
「と、智也。あのこれ……その」
「食器洗いくらいはできそうだな」
え? 食器洗いしたことないの? そして、これは食器洗いじゃないんですけど……ただの付き添いなんだけど。
「そ、そうだね」
「今度は俺が洗うね」
耳元でそう囁かれて甘い想いにさせられる。はあー。智也の胸の中にいるのに目的は皿洗い。愛おしく切なくなる。
食器洗いは二人分だしイチャイチャと洗ってもすぐに洗い終わる。
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