第9話

「お腹が減ったねえ。一緒にご飯食べません?」

「あ、あの……はい」


 ニコっと可愛い笑顔で智也が微笑む。その笑顔を見て可愛い! と思ってしまう。智也が六つも下だから?


 一緒に歩いて会社を出る。しばらくは普通の社内の会話が続く。角を何度か曲がった途端。


「梨央奈! キスしてたよな?」

「え?」

「さっき服も脱がされて」


 み、見てたの? 一体どこから見てたのー?


「あー、えーっと」

「やっぱりキスしたんだ」


 智也はガックリとうなだれる。あー、見てなかったんだ。そうなんだけど………何も言えないよお。


「良かった?」

「へ?」

「良かったんだ……」

「嫌だった。嫌だった!」


 それしか言えない。言えなかった。どういう関係なのかもわからない智也に、助けてと思っていたなんて、言っていいのかわからなかった。


「そう」

「うん」


 智也はそっと私の手を握りしめた。私も握り返す。しばらくそのまま無言でお店まで歩いた。

 お店について早速注文。

 だってお腹が空いてたんだから。智也も私を待っていたのか同じように注文してしばらく無言で食べ続ける。


「今日は泊まれる?」

「え?」


 智也から言葉が出たと思ったら意外な言葉だった。


「俺の家に泊まりなよ」

「あ、えーっと。うん」


 お泊りするなら早く言ってくれればいいのに。

 食事の後はコンビニでいるものを買う。智也もパンとか買い込んでいる。早めに言ってくれたらいいのに!


 智也の家はすぐそこだった。は、派遣社員だよね?

 高級そうなマンションに入って行く。え? え! えええ!! 本当にココ?

 うちの会社は派遣社員にいくら払っているの? それとも実家が金持ちなのかな? 派遣社員を大卒でしているあたりそうなのかもしれない。あんなに素敵な絵を描けるのに、派遣社員なんてなんかあるに違いない……よね?


 智也の部屋は十六階だった。部屋に入って廊下を進むとリビングがある。


「ここも結構いい眺めなんだけど」


 と、カーテンを開けてくれた。


「うわー! 綺麗!」


 私は窓に張り付いた。本当は智也との距離をどうしていいのか困っていたから。智也から離れて智也の横顔を伺わずにいれるこの場所に張り付いていたかった。


「この前のホテルほどじゃないけどな」


 そういいながら智也は私の後ろに立った。体がピタッとくっつくぐらい近くに。両手を窓ガラスについている。ど、ど、どうしよう。


「あ、あんまり、か、かわらないよお。うん。綺麗」

「梨央奈」

「う、うん?」

「こっち向いて」

「あー……うん」


 クルッと智也の方を向く。

 智也と目と目が合う。ずっとそっと避けていた。上野さんとキスをしてしまった罪悪感から智也の目を見ることができなかったから。


 背の高い智也は私の顎に手を当ててクッと上にあげる。智也と目が合う。


「ねえ。俺に塗り替えていい?」


 そっと耳元で囁かれる。身体がかあっと熱くなる。


「うん。いいよ」


 思わず返事をしてしまっていた。今日はお酒は入っていないのに。

 智也の唇はそっと、私の唇の位置を確かめるように軽く何度も触れていく。触れる度に願いがどんどん強くなっていく。あ、あ、早く! 頭の中にもやが、かかったようになる。そして、私の欲望が顔を出す。

 気づかない内に智也の服を握りしめていた。

 頭の中はくらっとしてくる。酔ってもないのに、智也に酔っているみたい。

 ハアハア。息が乱れる。気持ちも乱れていく。もう智也しか目に入らない。


「ベットに行こう」

「うん」


 智也はカーテンを閉めて私の手を引いてベットルームに向かう。広いなあ。一人暮らしだよね? リビングも広かったけれどベットルームもかなり広い。ここだけで十分なぐらい。

 智也に手を引かれてベットまできた。


「ここ」


 智也はベットに腰掛けてポンポンと隣を叩いた。


「うん」


 私はそこに座る。


「梨央奈いいの?」

「え? あ、うん」


 いいの? なんて聞かれるとは思ってなかった。ここまで来ていて、今さらなような確認なんだけど……。

 智也は私の返事を聞いて、そっと私をベットに押し倒した。……そういうことか。さっき上野さんに押し倒されたから。大丈夫か聞いてくれたんだ。


「梨央奈。どっか触られた?」

「え?」


 あ、さっき上野さんにか。


「ううん。ブラウスのボタン外される時に当たったぐらいかな」


 私の言葉を智也は苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。


「本当は一緒にシャワーにでも入って洗ってあげたいんだけど、まだ無理だろ?」

「え? 一緒にシャワーぁ?」


 無理です! 無理ー!


「まあ、触られてないならいいや」


 智也はそっと近づいてきた。キスをされるのだと思ったら首スジに唇をそっと当てる。


「あ……ふっ」


 予期してなかった動きに声が出る。……予期してても声出てた? くすぐったいようなゾクっとするような何とも言えない快感に襲われる。私の手は智也の肩を握りしめている。


 *


 智也の体に触れながら温かいぬくもりを感じて、そのまま心地よい眠りが私を襲う。

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