第29話 葵の決断

 ドンドン ドンドンドン


「おーい。二人ともそこか?」


 葵の声がする。葵、早いよお。と時計をみるともう十時だった。最後に時計を見たのが四時過ぎだった。結局、結構寝たのかも。


「あ、やば。つい」

「おーい。起きろ!!」

「あー、起きてるから」

「じゃあ、早く出て来いよ」


 葵は言う事だけ言って去って行った。


「ごめん。寝れなくって」

「いや、俺も」

「なんでここってばれたのかな?」


 葵がいくら返事がなくても私の部屋のドアを開けるとは思えない。


「窓のカーテン閉めた? 」

「あー、忘れてた」

「庭から丸見えだもんな部屋の中」


 それでかあ。


「遥、部屋に行って着替えてきたら? 葵と話さないと」

「そうだね」


 布団から出ようとする私を引っ張り城太郎はキスをする。


「遥、おはよう」

「おはよう、城太郎」


 城太郎の部屋を出て自分の部屋に入った。カーテンは全開だった。布団は押入れに入ったまま。見ようとしなくても目に入る光景だな。

 カーテンを閉めて着替える。すぐに洗面所に行って身支度を整えてるといい匂いがしてきた。朝食を食べてからの話し合いになりそうだ。

 キッチンに行くと葵はコーヒーを飲んでいるが城太郎は朝ごはんを前に葵とコーヒーを飲んでいる。


「遥、朝飯一緒に食べよう」

「うん」

 

 城太郎の隣の席にも城太郎と同じくスクランブルエッグとサラダとトーストが用意されていた。

 席につき


「いただきます」


 ………


 沈黙の朝食。城太郎も何も言わずに朝食に手をつけた。朝食は城太郎の用意したものだろう。スクランブルエッグの焼き方が絶妙だし。

 二人は私がくる前に話しをしたんだろうか。無言で私達を見つめる葵と黙々と食べる城太郎と私。

 味なんてしない環境にありながらも美味しく朝食をいただいた私。きっと城太郎の料理だったから……それと葵の表情だろう。思い詰めた様子も険しい感じもなくむしろ無言で朝食を取る私達を面白そうに眺めていた。


 やっと朝食が終わった。張り詰めた雰囲気の中で。なぜ張り詰めた雰囲気なんだろう。葵は面白そうに眺めていたのに。城太郎が緊張しているんだ。なんで? もう私のお母さんには了解を得ていると伝えてるし、城太郎の方はお父さんだけだから大丈夫だと言ってた。葵は緊張感のない様子でむしろこの様子を楽しんでいるみたいなのに。なんで城太郎は緊張しているの?


 城太郎は私の「ごちそうさま」の言葉で食器を運びはじめた。


「じゃあ、私が洗うね」

「あ、ああ。うん」


 と城太郎は言ってほとんど手を付けていないコーヒーを居間に運んだ。葵はコーヒーを新しく注いで城太郎の方へ行ってしまった。

 私は無言の二人に背を向けて食器を洗った。朝食の二人分だったからあっという間に洗い終わる。

 私もコーヒーを持って居間へと移動する。城太郎と葵は向かい合わせに座っていた。私は城太郎の隣に座る。

 それを見て葵は微笑む。ホッとする。葵の隣にいた時間は長い。だけど、私の居るべき場所はここなんだ。城太郎の隣。


「じゃあ、これからのことだね」


 静かに葵は話し始めた。


「う、うん。あの城太郎と二人で出て行くよ」


 早く答えを出した方がいい気がして、私は素早く答えを出した。

 なぜか、城太郎は無口だった。二人はもう何か話し合いをしてるのかな?


「それなんだけど、二人にはここにいて欲しいんだ」

「え?」

「なんで?」


 そこまでは話しをしてなかったんだろう。沈黙を破って城太郎が言葉を吐き出した。


「母親のボヤ騒ぎは言ったよね」


 うんと二人で頷く。


「まあ、父が母親が料理をするのを嫌がってというか心配してるんだ。今回は改装まで必要だったし、俺がいた頃は一度もなかったことなんだけど……」


 母が言っていたボヤ騒動で葵に家に帰ってきて欲しいという葵のお父さんの願いは本物だったみたい。


「それで実家に帰る事になりそうなんだ。だけど、遥も城太郎もこの家を出たらまたこの家を売りに出すとか言われそうなんだよな。だから、ここにこのまま住んでくれたら、そうならずに済むんだけど」

「でも、おい、お前それでいいのか?」

「いいよ」


 城太郎の疑問に笑顔であっさりと答えを出した葵……なんでそこまで城太郎は葵に突っ込むの?


「え。じゃあ、葵は家に戻って私達はこのままここにってこと?」

「ああ。そうしてもらえると助かるんだけど」


 う、嘘。いいの? この家にいていいんだという安心感と本当にそんなことしていいのかっていう不安感が混じり合う。私も城太郎も言葉が出ない。考えていなかった選択肢だったから。


「その方が俺は嬉しいんだけど」

「葵、本当か? それでいいのか?」

「ああ。さっきも言ったけどね」


 さっきも? さっき何を話してたんだろう?


「さっきって?」

「まあ、男同士の話しあいだよ」


 男同士のって、なんか葵に煙に巻かれた気がするんだけど。


「じゃあ、この家お願いするね。俺も時々は様子を見にくるし、なんかあればすぐ連絡くれればいいから」

「うん」


 葵はどこまで考えていたんだろう、淀みなく言葉が出てくる。


「大学でもいつも通りでな。ああ!! 二人で住んでるって言いにくかったら俺を使ってもいいから」

「え?」

「同棲になるだろう? 今までのシェアハウスって単語は使えなくなる」


 同棲……顔が熱くなる。まだ、そんな関係じゃないのに……恥ずかしい。考えてみれば葵は完全にそうだって思ってるよね。さっき城太郎のベットで朝を迎えた私達を知っているんだから。


「まあ、それはこの先考えるよ。まだ夏休みだしな」


 そうだったまだ夏休みだった。あと一週間だけど。


「俺は荷物整理して荷造りしたらすぐに実家に戻るから。今から準備しないと親父がうるさいんだよ。まあ、戻るって言ったら安心したみたいだけど。母さんには同居人を増やさない、遥と城太郎だけにするって約束したから」

「ああ、うん。ありがとう」


 お母さんから志乃さんに伝わって正解だったのかも。ここで葵以外の同居人が増えてもまた混乱してしまいそう。

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