第27話 凄い母

「ただいまー」


 私にはもう一つ済ませておきたいことがあった。尚也との話でそこまでできるとは思っていなかったけれど、家に帰ることが出来た。


「え? 遥? どうしたの? 尚ちゃんがいつまでいるとかメールしてきたと思ったら、急に帰ってきて」

「うん。ちょっと尚也に話があって。あとお母さんにもあるんだけど」


 私はリビングに移動してソファーに座った。母も同じように腰掛ける。


「お母さん。今の家を出て他で暮らしてもいいかな?」


 城太郎は葵に話をしてからって言ってたけど、それだと遅い気がした。まずは移動できるか聞いた方がいいような気がして。そして、城太郎との関係も話ておきたかった。黙って同居しているのも、これから二人で住むこともわかった上で判断して欲しかった。城太郎が葵にこそこそ隠れて付き合うのが嫌なように私も母に隠れて城太郎と付き合いたくなかった。


「えー? 今から? どうしたの? 一人暮らしがいいの?」

「そ、それは……」


 あ、なんか急に恥ずかしくなってきた。付き合ってるなんて言うのが。


「あ、ああ! そういうことね。城太郎君となの。お母さんてっきり尚ちゃんか葵ちゃんかと思ってたわ」

「え?」


 お母さん城太郎のことは君付けなんだ。あー確かにちゃん付では呼べない名前だね。ってそこじゃない!! なんなの今の言葉で気づいたの? そして、尚也との関係も疑ってた?


「城太郎君ね。話には少し聞いてるだけなんだけど、そう一緒に暮らすの?」


 物分かりが早過ぎて言った本人の私がついていけないよー。


「う、うん。そうなの。今の家だと葵がいるし、なんか付き合いにくいから。葵にも悪いし」

「そうよねえ。毎日見せつけられたら葵ちゃんも嫌よねえ」


 見せつけたりはしないよ!! 多分だけど。


「あの、いいかな? 城太郎と一緒に住んで」

「そうよねえ。ちょうどいいかも」

「え?」


 ちょうどいいって何が?


「ほら志乃がボヤ騒動起こしたじゃない?」

「あー、うん」

「志乃の旦那さんね、葵ちゃんに帰って来て欲しいって頼んでるのよ。だけど、葵ちゃんがうんって言わないらしくて」


 志乃さんどれだけ信用なくしてるのよ。葵そんなメール一つもくれない。きっと気を使ってるんだ。自分がいなくなったら二人になるから。


「じゃあ、葵がいいって言ったら城太郎と一緒に住んでいい?」

「お母さんは別にいいけど。あ! 家賃の上限は守ってね。それから引越し代とかは自分で出しなさいよ」

「う、うん」


 あれ意外にあっさりだな。引越し代も一人の荷物だしそんなにかからないよね。二人まとめて割ればもっと格安かも。


「それからちゃんとしなさいよ。学生結婚なんてならないように」

「な、なに……まだそんな」


 関係じゃない。と言いたいけど言いにくい。母はあっさり言ってのけるけど、私はこの前初めてだったんだから。しかも尚也の未遂で。


「まだなの? 遥はてっきりこの前、尚ちゃんとしたんだと思ってたけど。そうまだなの」


 ああ、まだの意味が違ってる。そして、ズバリと言い当てられてる。わかっていたのにあっさりと外泊まで許す母。ここまで大らかとは思わなかったよ。あ、でも、すでに男子二人との同居を認めてるあたりで推測できたことか。


「あーじゃあ。その帰るね」

「え? もう? 晩ご飯食べて帰ったら?」

「そんなことしてたら遅くなるし、城太郎が、その、作ってくれてるから」


 な、なんか恥ずかしい今の発言。同居して当番でって言う感じじゃないよね? ああ、城太郎もそういう意味では言ってない。


「ふーん。そう。遥、冬休みには連れて来なさいよ! あ、お父さんには内緒でね」

「え?」

「お父さん男の子と遥が一緒に住んでるなんて聞いたら卒倒しちゃうかも」


 ふふふって笑う母。え?


「まさかお父さん葵のこと……」

「女の子だって思ってるわね」

「え、でも城太郎は?」

「一人増えて三人で同居することになったって言っただけだからねえ」

「えええ」


 お母さん凄すぎです。お父さん騙されすぎです。私も騙されたけど。


「まあ、葵ちゃんとこの事情って言ったらお父さんも納得するでしょう。だから、遥、お母さんを裏切るマネはしないでね」


 また念押しするし。


「ああ、うん」


 まだ騙されるんだお父さん。でも、お母さんの了解は得た。これで城太郎と一緒に居れるんだ。


「それじゃあ、もう行くね」


 尚也とのランチのあともファミレスでしばらくしゃべっていたのでいい時間になってる。早く帰らないと遅くなる。


「そう。遥、ちゃんとするのよ。ひ・に・……」

「ああ!! わかった。ちゃんとするから」


 もう娘に平気で言うんだから。困った母だ。


「じゃあね」

「はいはい! あ、新しい住所決まったら連絡してよ」

「わかってるってば」


 それぐらいちゃんとします。お母さんじゃあるまいし!!


 駅に向かう一人の道。尚也は送ろうかと言ってくれたけど遠慮した。あのまま家の前で別れた方が私達らしい。

 すぐに駅に着いた。切符を買って改札を通る。来る時は気が重くてしかたなかった。今は全てじゃないけど問題は解決した。後は葵だけ。葵が反対するとは思えなかった。

 新しい住所かあ。あの家を出るのはさみしいけれど、城太郎との生活が待ってるんだと思うと心が踊る。こんなにも私は城太郎と一緒にいたかったんだ。城太郎がバイトばかり行ってさみしかったんだ。だから、スイーツを食べようと誘われると嫌なフリをして本当は凄く嬉しかったんだ。今ならよくわかる自分の気持ち。

 なんで気づかなかったんだろう……。


 電車がホームに入って来た。帰ろう。城太郎の元に。明日には葵が帰ってくる。明日、葵に話をしよう。……なんか照れ臭いな。母にはあっという間に当てられてしまったけど。葵もそうとは限らない……って!! まさかお母さん、志乃さんに連絡しないよね? ああ、なんかやりそう。ああ、本当にやりそう……。

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