第8話 チューリップ

 次の日、朝から少し熱っぽくって、体温計で計ってみると少し熱があった。昨日、雨に濡れてしまったせいだろう。

 朝に尚也が来ていた。母が私は熱があり寝ていると尚也に話をしていた。今日も雨だった。春の雨だ。桜の花はまだ咲いてない。桜の花が雨で散ってしまわなくて良かった。花か……葵君……そう言えば、あの家の庭にはチューリップが植えられてると言ってたな。チューリップが咲く頃にはもうあちらにいるんだろうな。熱で体が熱くて眠気を誘う。

 お昼を軽く食べたらうとうとして眠っていた。


 コンコン


「はい? 」


 ガチャ

 母の顔が見える。


「遥、大丈夫? 」

「あー、うん」


 珍しいな母がそんなことを聞いてくるなんて。


「尚ちゃん入れてもいい? 」


 はい? なに言ってるのこの母は?


「ダメ! 」

「えー、でも」

「嫌だ」


 朝からずっと寝てたんだよ。わかってるの?


「もう上がってもらって……」


 と、ドアの外をチラッと見る。お母さん相変わらず、気が早いよ。もう上がってって、そこにいるんじゃない! お母さん! いい加減その天然どうにかしなさい。……仕方ない。そこにいるなら尚也にもこのやり取りも聞こえているだろうし。


「わかった。少しだけ」

「そう。良かった。じゃあ、尚ちゃん後はお願いね」


 母の顔がパアッと華やぐ。後の言葉は後ろを見て言う。やっぱりそこまで入れてるんじゃない。断れるわけないじゃない。そんなの。


 母が去った後、尚也が入って来た。


「よお。昨日は、その……ごめん」

「いい」


 起きて身支度すらしてない身では顔も合わせるのも嫌だ。布団を深くかぶる。


「具合どう? あのこれ見舞い」


 尚也の手にはチューリップの花束があった。


「ありがとう。キレイね」

「その……昨日のこと、怒ってる? 」


 多分、布団から顔を出さない私を見て言ってるんだろう。


「怒って……ない、かな」

「……」

「じゃあ、怒ってる」

「遥? 」


 尚也はベットのすぐそばまで来る。


「尚也のこと好きだった。ずっと。だからそばにいるのが辛くて離れたのに……それはないよ」

「俺は……」

「でも、遠距離なんて嫌だ! というか、もう尚也のことは好きじゃないかもって……その昨日……」

「え?」


 ガサガサっとチューリップの花束が落ちる音がして尚也が膝をついて覗き込んで来る。


「多分、だけど……ごめん私も混乱してるの。もうちょっと時間もらっていい? 昨日の自分がわからなくて」


 それは本当だった。ただ、尚也にキスされた時に葵君がよぎった。その瞬間尚也を叩いていた。さっきもチューリップを見て葵君を思い出して胸が苦しくなった。以前、尚也に感じいていた想いだった。でも、たった3日と尚也と一緒にいた時間とは違いすぎる。比べられない時間の差だし想いの深さだって違う。言葉に出したらなんだか軽い言葉に思えてきた。本当にそうなのかと。


「……わかった。ごめん。俺がもっと早くに気づけばよかったんだ。遥、卒業式には治るよな? 」

「うん。多分、今日寝とけば治るよ」

「じゃあ、卒業式でな」

「うん」


 尚也はそっと手を伸ばし、私の頭を撫でる。優しく。


「花はおばさんに渡しとくな」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、また」

「うん。じゃあね」




 尚也のくれたチューリップは、母に花瓶に生けられて私の部屋の机に飾られた。チューリップを見るたびに葵君を思い出す私。尚也のくれたチューリップなのに。

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