第7話 なんでなんだろう
電車を降りて迎えの意味は雨だったのかなーと考える。今さら期待なんてしないけど、やっぱり心のどこかで膨らむ想いに自分で歯止めをかける。雨なんで迎えに来ようかという母のメールは断った。尚也の方を断るべきだったんだろう。もうこれ以上切ない想いは嫌だ。なのに、その誘いを断れない私。尚也に気持ちを伝えることなくここを去るつもりだった。新しい生活に慣れてしまえば忘れてしまうだろうと。あ、写真……引き出しにしまったまま忘れてた。あーもー。嫌だな。
改札に向かうと
「遥! 」
振り返るとそこにはいつもの尚也がいた。
「ほい! 傘」
私に傘を渡して、無言で荷物を持ってくれる。
「ありがとう」
改札を二人で出る。尚也は時間前からホームで待っていたみたい。傘を広げて尚也の横を歩く。
「どうだった家は? あと……なにちゃんだっけ? 」
「家は最高に素敵な家だったよ。あの、その……それが」
「あれ? あんまり気が合わなかった? 良い子じゃなかったのか? 」
「気はあったよ。すごい気を使ってくれたし。ただ、その葵……葵君だったの」
尚也は立ち止まる。
「くん? 君って……まさか男? 」
立ち止まった尚也の手を引き歩いて行く。
「そうなの、お母さんが、葵ちゃんっていうからてっきり女の子だと思い込んじゃって。まあ多分お母さんのことだから、その辺は気にしてないんだと思うんだけどね」
「……で、断って来たんだよな?」
「え? いや、その……」
また立ち止まる尚也。仕方なしに私も立ち止まる。
「まさか同居するのかあ? 男と? 」
「なんか言い方が……まあ、そうなんだけど」
「昨日も一昨日も泊まったんだよな。二人で。で、これから一緒に二人で住むんだよな? 」
なんで尚也にここまで言われなきゃならないの! 彼女とはもう別れているけど私は尚也の彼女じゃないのに……。
「そうよ。泊まったよ。すごい優しくて、いい人だよ葵君。それと、もう一人同居人が増えるの。だから二人で住むんじゃなくて三人になるの」
「……そいつは……」
「男よ」
尚也が私の腕を掴む。掴んだ腕が雨に濡れているのも気にしてない様子の尚也。なんで急にこんな態度をとるの!?
「お前それは……」
「二人きりは、やっぱりその……だから三人ならいいかって話になったの。元はと言えば、お母さんが知っててこの話進めたんだし、私の責任じゃない! 」
そう言って尚也の手を振り払い歩き出す。なんなのよ。
「遥! 」
後ろから尚也に抱きつかれた。
「尚也? 」
「気づかなかった自分の気持ち。遥が乗った電車が遠ざかるのを見てて、やっと気づいたんだ。遥、好きだ」
私の傘にパラパラと雨が降り続いてる。嘘だ。そんなの酷いよ、今さらだよ。
「尚也、遅いよ。尚也のこと好きだから近くで見てられなくて離れたのに……今さら遅いよ」
「遥……遥もそうなのか? なあ、それだったら遠距離とかあるだろ? それじゃあダメなのか? 」
……いきなり何を言うのよ! 遠距離ってどういうことよ! と考えてると尚也が前に回って来た。そして私にキスをした。
バチッ
少し雨に濡れた私の手と雨に濡れていた尚也の頬が音を立てた。
「いきなり……尚也のバカ!」
私はさしていた傘を尚也の胸に突きつけて、私の荷物を尚也からもぎ取ってその場から走り去った。
家について玄関のドアを開ける。すっかり雨で濡れてしまった。走ることは途中でやめた。尚也が追いかけては来なかったから。さっきのは何かの冗談だったんだろうか。
「遥! どうしたの? 尚ちゃんに会わなかったの? 」
母がドアの音を聞きつけて玄関にやって来た。尚ちゃん……母にかかれば尚也も女の子に聞こえる。
「ふふふ……」
なんかおかしくなってきた。
「遥? 」
「ちょっと尚也とケンカして帰って来たの。寒いしこのままお風呂入るね。これも全部洗濯物だし、洗濯カゴ入れとくね」
これというのは持ってた荷物だ。
「そう。ケンカって大丈夫なの? 」
「うん。ちょっとしたことだから」
お母さんのせいだよとは言えないよ。それに尚也は遠ざかる私が乗った電車を見てて気づいたんだもの。今さらには変わりない。お風呂に向かいながら考える。私が尚也にビンタした訳を。今さらだけで叩いたりするのかと……。
我が家のお風呂はやっぱりいい! と言いたい。が、言えない。濡れて帰ってきていきなり入ったからシャワーだけで済ませたのだから。というか、済まさなくてはいけなかった。はあー。私どうしたんだろう。尚也にキスされて喜ぶ心が全くなかった。怒りと当惑しかなかった。なんでなんだろう。
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