第5話 二日目

 チリリリ

 携帯のアラームが鳴ってる。右に左に置き場所を探る。今までとは置き場所が違う、というか決まってない。なんとか携帯を見つけてアラームを切る。私は朝が弱い。休みの日なら遅くまで寝ていて、早起きなんて用事がないと絶対にしない。

けれど、今日は違う。葵君がいる。いつまでも寝てるわけにいかない。彼よりも早く起きてなんとか服装を整えておきたい。ちょっとした乙女心なだけなんだけど……起き上がってカーテンを開けた途端に私の願いは粉々になった。葵君は庭で水やりをしてたから。最高に爽やかな笑顔で手を振る葵君。それに手を振り返す寝起きの姿の私。遅かった。

 とりあえず布団を畳んで押し入れに入れる。葵君が庭にいる間に顔を洗って髪をとかしてこよう。櫛と洗顔を持って洗面台に急ぐ。洗面台にはちゃんと畳んである使ってないハンドタオルが置いてあった。用意がいいなあ。顔を洗って髪をとかしているといい匂いがしてきた。やばい! 朝ごはんだよ! 急いで部屋に戻ると足音でバレバレだったみたいで声だけが聞こえてきた。


「朝飯だよ! 」

「うん。着替えたら行くね」


 慌てて部屋に入ってカーテンを一応閉めて着替える。覗かれる心配というよりも見せてしまう自分を想像して閉めた。着替えたらカーテンを開けて部屋を出る。

 キッチンの食卓には朝ごはんが二人分用意されていた。

 私は葵君の目の前の席に着いた。


「あの、その……いただきます」

「たいしたものじゃないんだけど」

「いつもはパンだけだよ。朝ごはんは自分でするからか気を使わないで」


 本当にパンを焼いて終わりなんだから。母も私と同じく朝が弱い。朝ごはんをお互い作る余裕がないので自然とそうなった。逆に目玉焼きにサラダとかついてて、朝が弱い私の胃袋にはそんなに入らないかもと心配になる。

 案の定お腹いっぱいになってしばらく動けないー! というところを食器を洗うという動きでなんとか体を動かしてる。


「量、多かった? 」

「あーうん。本当にいつもパン一枚だから、毎朝。でも美味しかったよ」

「じゃあ、明日はパンだけにするね」

「あ、うん。自分で焼くし。それくらいできるよ! 」


 なんだかすっかり何もできない女子したてあげられてる私。そこまでひどくはないんだけど。


「じゃあ、また荷物と格闘してくるね」

「うん。頑張って」


 部屋に戻り文字通り荷物と格闘する。何気なく増えて行った物たちを移動させることが、こんなに大変だなんて思ってもいなかった。私の場合、余計か。忘れっぽいから、定位置を決めとかないと探し回る羽目になる。できるだけ前と同じ場所になおさないと、しばらく物を探し回る羽目になるから。

 すっかり疲れはてた頃いい匂いがして来た。葵君ってそういえば遊びに行ったりしないのかな? 私という遥が来るから予定を空けていたのかも。悪いことしちゃったな。卒業式終わってからでもよかったのに。まだあっちにも荷物あるし……ああ、思い浮かべたら頭痛くなるや。


 コンコン


「昼飯だよ」

「あ、うん。行きます! 」


 二人でご飯を食べながらお互いの母親の話になる。これはワザとか天然かで。

 どうやら葵君のお母さんも天然であるらしい。天然な二人が友達って不安な二人だな。ということで天然のなせるワザなのではということで話は落ち着いた。が、母は私の反応に気づいたのか父に指摘されたのか……って、父は知ってるのかな? あー、もー、知ってても母のいいなりって感じだな。安全じゃない! とか言われて。それで早くに来させたのかも、父の助言で。母のいいなりは私も一緒だよ。あの調子でこられると、まあいいかと、なぜか思ってしまう。特に今回は葵君がこんな感じだから余計に。

 洗い物をしながら葵君も母親の煙に巻かれたのかな。新しい同居人の話の方に気をそらされて。



 さてさてまた、はじまる荷物との格闘。明日は朝から帰るので今から出来たとこまでで終了となる。そのまま、卒業式終わってから来てやるにしても……もう少しなんとかしたい。晩ご飯はさすがに今日ぐらいは作らないと、本当にダメ女子になっちゃうじゃない。と、またまた小さな私の乙女心。ダンボールのどうしていいかわからない物を、とりあえず入れとく箱にじゃんじゃん物が入っていき、わかりやすい物から片付けて行く。これでなんとかなるだろう。片付かなかったダンボールをどんどんたたんで行くと、少しすっきりする。窓から気持ちいい風が吹いてきていたのが少し肌寒くなる。窓を閉めて、少し暗くなった空を見てカーテンも閉める。


 コンコン


「今日も買い出し行くけど来る? 」

「うん! 」


 もう荷物は諦めた。残りはどうしていいのかわからない小物ばかりだったから。いっその事、箱ごと家に送り返してもいいぐらいだし。今晩は私が晩ご飯を作ろう。そのためにも買い出しには行かなきゃ。

 玄関を出て昨日と同じ道をたどる。葵君は昔子供の頃にここに泊まりに来た頃のこの辺の話をしてくれた。ずいぶんと変わってしまったみたいで、今は見る影もなくマンションやビルになってしまっている。


「なんかさみしいね」

「でも、大きくなるまでずっと遊びに来てたんだ。だから、徐々に変わっていったからね。今話してて、そういやこの辺もすっかり変わったって実感したぐらいだから。今から行くスーパーも新しくできたしね」

「そうなんだ。あ、そうだ。今日は晩ご飯私が作るね」

「荷物大丈夫? 」

「もう諦めた! 」


 笑いながら言うと葵君も笑った。この性格にこの顔、モテる訳だね。


「じゃあ、任せた! 何作るの? 」

「うーん。肉じゃがかな」


 自慢のメニューはないけれど、少ないレパートリーの中から妥当なモノを選んだ。


 スーパーでいるものを買って、帰りは新しい同居人のもう一人が加わった三人で住んだ時の当番について話をした。洗濯は私という女子が混ざってるので、それぞれ個人個人でということになった。もう一人が男の子だということで料理が問題だった。まあ、女子だからってみんな作れるわけじゃないけど、男子だし料理出来るっていう可能性は低くなる。もう一人が来るまでは決められないなあ、とその子の料理の腕前次第ということになった。掃除の割り振りもそれで変わってくるから決められない。結局洗濯以外は何も決まらないという結果に。


 帰ってきたら庭に昨日葵君が言ってた通り白猫が来ていた。


「可愛い」


 近くまで寄って行っても猫は逃げない。飼い猫かと思ったけど、首輪がないしな。と、何か聞こえたのか耳をピクッとさせて走って塀を乗り越えて帰って行った。


「あーあ」

「遥の部屋からだと庭が見えるから、住み始めたらよく見るんじゃないかな」

「そうだね」


 おやつでエネルギー補給して肉じゃがに取りかかる。味が染み込むのに時間がかかるから先に作っておこうと思って。


「葵君、暇なの? それとも心配? 」

「あれ? バレた? 」


 居間からチラチラとこちらを見てる。作っている間中、背中に視線を感じてるんだけど。


「バレバレだよ」

「暇なんだよな」

「じゃあ、サラダをお願い」


 葵君は笑いながらこっちに来て手際良くサラダを作っている。本当に来てからなの? 元々器用なのかな?


「上手だね? 料理、家ではしなかったの? 」

「実は母親が前に言った通りホワホワしてるから俺が家事も結構してたんだよね」


 少し安心した。葵君、手際良過ぎだよ。


「そうなんだ。うちもホワホワだけど、家事はちゃんとしてるなー。ま、それ以外はホワホワなんだけど」

「いいよ。うちなんて、全体的にホワホワで心配でまかせられないんだよな。料理は味が定まってないし」


 とそこからは、天然な母を持つ子供の愚痴大会となった。そのまま晩ご飯へと流れていく。


「肉じゃが美味しいよ」

「いいよ。お世話言わなくていいよ。普通だよ」

「いや、美味しいって」

「じゃあ、そういうことで」


 これ以上美味しいとその顔で言われるのも恥ずかしい。こんなにキレイな顔立ちで。


 洗い物はお願いして部屋に入る。最後の仕上げに部屋の掃除がてら、どうしようもないものはダンボールに入れて行く。


 コンコン


「風呂今日も後でいい? 」

「うん」

「じゃあ先に入るから」

「うん」


 さて本当にラストスパートだよ。開けてないダンボールを開けて、さっさと作業をする。結局取り出せたのは少し。大学生活にいるんだろうかというモノが箱の中に。実家に置いてても問題なかったなー。というかあったら邪魔かも。とりあえず押し入れに入れてみよう。


 何にもなくなった部屋。掃除機かけるのはもう時間的に迷惑だな。明日の朝にでもかけてしまおう。予想以上にギリギリだったな。


 コンコン


「風呂どうぞ。片付け終わった? 」

「うん。あと掃除機を明日の朝かけるね」

「じゃあ、風呂ゆっくり入って」

「うん。ありがと」


 葵君が去って行く足音。さて、荷物から着替えを出してお風呂場へ。

 お風呂にゆっくり入って疲れをとる。昨日ほどは疲れてないなー。やっぱり昨日の葵君の登場とこれからの生活を考えたり、母の性格を読みきれなかった自分に後悔したりと忙しい一日だったもんな。


 のぼせる前にお風呂から上がって、葵君に声をかけて、部屋へと戻る。今朝の葵君、早起きだったから目覚ましのアラームを昨日の設定よりも早目にする。送っておいたお気に入りの本でも読もうかと思ったら、そのまま寝ていた。慌てて電気を消して再び布団の中に入る。

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