第4話 新しい部屋

 食べてる間に、少し葵君にこの家の話を聞いた。

 ここに住んでいたお祖父さんは、葵君にとってはひいお祖父さんだった。一人で長くそして元気に住んでいたが、ある日突然、散歩の途中で倒れ病院へ運ばれたが、そのまま病院まで持たなかったそうだ。それが十二月のことだった。

 偶然、ひいお祖父さんの家の近所の大学を受験していた葵君は、この家に住みたいと言って住みはじめたという。大学は家からも近く通える距離だったが、この家を手放すなんてと思って言ってみると、案外簡単に許可が出た。今思えば葵君の他に誰かに貸すということを、思いついたからじゃないかと葵君は言ってた。それもあるだろうけど、それよりもやっぱり葵君のお母さんも、ここを手放したくはなかったのかもと思えた。だって、この家、本当に素敵な家だから。


「ごちそうさまでした。本当、美味しかったよ」


 本音です。


「いや。うん」


 恥ずかしそうな葵君。ちょっと、いやかなり可愛い。


「あと、洗い物はするね」

「いいよ。荷物大変だろ? 」

「あー、うーん」


 ううん! なんて気軽に言えない状況になってる部屋を思い浮かべたら、正直に答えてしまった。


「眠れるスペース夜までに作って。晩飯は食器洗いお願いするからさ」

「うん。わかった」



 そうして私の荷物との格闘がはじまる。だんだん置き場所にこだわりがなくなり、ペースが早くなる。が、忘れっぽい私にはこの置き方は危ない。物を探して歩く生活を送ることになる。また、しまった場所から取りだして熟考したうえで時間をかけて物をしまう。



 途中で集中力が持たなくなる。時間は四時をまわったところ。はあー。少し休憩しよう。小腹が減ったなあ。


 コンコン


「はい」


 何だろう?


「入るよ! 」


 見られたら困る物がないか見渡す。大丈夫、特にない。


「あ、うん。どうぞ」


 ガチャ


 葵君の顔が見える。気を使ってるのか、入ると言ったわりに、顔を覗かせてるだけだ。


「晩飯の買い物行くんだけど、家の周りも知っといた方がいいから、一緒にどうかと思って。難航してる? 」


 葵君はそういいながら、部屋を見て予想以上に片付いてないので、途中でしまったって顔をしていた。


「あー、確かに難航してるけど、集中力が持たなくって。気分転換についてくよ」



 というわけで、難航している部屋をほっぽり出して、買い物に同行する私。夕方になるとまだ寒いな。一枚羽織って来て正解だった。スーパーまでの道のりで、どこにコンビニがあるとか、この路地にいる白猫がたまにうちの庭に遊びに来るという話を聞きながら二人で歩いて行った。


「何か食べたいものある? 」

「メニュー限定されてるんでしょ? 」


 作ってもらう身分のわりに大柄な態度だけど、笑ってそう聞かずにはいられなかった。


「ああ。じゃあ俺のメニューで」


 と、葵君も笑いながら言う。なんだか楽しいな。おやつと明日の朝ごはんと昼ごはんの材料も買い、スーパーを後にした。帰り道は家の話になった。庭には季節ごとにいろんな花が咲くが、手入れがわからないから、雑草抜きとネットで調べた範囲のことしかできてないんだとか。葵君は話続ける。


「俺、話過ぎだな。あの家にいて一人の時間が長かったからかな」

「いいよー。楽しいよ」


 本当に楽しかった。家に帰っておやつを食べてエネルギー補給。晩御飯までに寝る場所の確保だ!




 さて、気合を入れ直して部屋に入った途端、げんなりする。なんでこんなに物がいるの? 母があれもこれもと横から詰めて来た物が余って来る。仕方ない、それようにスペースを作って置いておこう。家に持って帰ったら何を言われるかわからない。




 で、出来たー。スペースが空いた。これでやっと布団が敷ける。ちなみに布団は向こうで買ってこちらにそのまま送った物。家ではベットだったから。布団にシーツをかける。シーツは洗って家から持って来ていた。買ったばかりだったし少し布団を広げておきたかった。ちょっとでも時間がとれてよかった。


 コンコン


「ご飯だよ」

「うん。今行くね」


 窓は寒いから閉めていた。薄暗くなったのでカーテンも閉めていた。もうそんな時間なんだ。危ないところだった。




「いただきます」

「どうぞ」


 テーブルにはから揚げが。揚げ物もできるの? 葵君は何でも作れるんじゃないのかな、と疑いつつから揚げをいただく。


「美味しい!」

「から揚げ粉だよ」

「でも美味しいよ」


 母のはから揚げ粉ではない。こういうのも美味しいな。

 食卓の話題は新しい同居人へと向かう。

 が、葵君はたいして情報を持っていなかった。


 その同居人の父親と葵君の父親が高校時代の同級生で、今でも仲がいいらしい。話の中で息子たちが同じ大学に通うことを知った。一人暮らしをする家も決まってたのに、それを聞きつけた葵君のお母さんが是非にと誘ったらしい。だから、彼だけ遅れてここに住むことが決まったそうだ。

 そして、彼と彼の荷物が来るのは、私が次にここに来る日と同じになる。卒業式が終わった翌々日。私もはじめはそうするつもりでいたら、母にどうしても荷物は早めに送って一度荷物を出して来なさいと言われた。春休みの間に十分出来るのにって、思ったけど……葵君のことか。やっぱりわかってやってたな! 男だとわかってどうするか様子が見れるように、早めにこっちに来させたんだ。もういいんだけど。葵君といると楽しい。最初に玄関で見た印象とはずいぶん変わって来ている。あの時はあまりの予想外な出来事に男!! としか見れなかったから。


「ごちそうさまでした。じゃあ、洗うね」

「大丈夫なの? 」

「夕方の部屋を想像したでしょ? もうお布団敷いてるんだから」

「嘘! 俺なんて諦めて別の部屋で寝た。初日」


 笑いながら食器を洗う。想像していた同居人とは全く違っていたけど、楽しいな。でも、新しい同居人が問題だな。しかも、いきなり住みはじめるとこからなんだよね。


「お風呂の場所教えるよ。あと、洗濯も」


 結局、洗い終わるまで葵君はキッチンにいた。そのまま、居間を出てここ俺の部屋、こっちがもう一人の同居人の部屋、と風呂場への道のりの合間に教えてくれる。お風呂もひいお祖父さんと高齢だったからか、バリアフリーで改築し直されて綺麗なお風呂だった。洗濯機も全自動で新しい物だった。古いタイプの洗濯機だったら困ると思ってたのに。ひいお祖父さんって、きっと新しいもの好きだったんだね。


「洗濯はこの勝手口を出たところに干せるんだけど、雨の日用にこっちにも狭いけどスペースあるんだけど……その、遥は一部はここで干したらいいんじゃないかな」


 言われた場所は少し奥まっていてすぐには目に付かない場所だった。一部は……下着とかってことね。私がここに来て住むことに決めたあの時から葵君はそこまで考えてくれてたんだね。


「うん。そうだね。じゃあ、住み始めたらここで」


 二泊三日なら洗濯は実家に戻ってした方がいい。今の季節に着る物はまだ実家にある。もちろん下着も。


「じゃあ、お風呂入れるから、遥が先に……」

「ううん。葵君どうぞ。私まだ少し片付けしたいし」


 そこまで甘えられない。


「でも」

「私はお客様じゃないでしょ? 」

「ああ。うん。じゃあ、俺が上がったら呼びに行くな」

「うん」


 お風呂の準備をする葵君と、お風呂場の前で別れて部屋に戻る。




 部屋でまた荷物と格闘する私。なんで余計なことをしてしまうのか。あ、この本……とか、写真一枚出るだけで手が止まる。特に尚也の写真には参ってしまった。なんでこんなの荷物の中に入れて来たんだろう……持って帰るか。それまで、どこかに入れておかないと。この部屋には机は、椅子を使う机ではなく背の低いロータイプの机がある。とりあえずその引き出しにでも入れておこう。こんなことをしてるからだろう、小物ですっかり時間を取られた。


 コンコン


「俺風呂出たから、いつでもいいから入って。あとタオルは風呂場のカゴに入れてるのを使って。使い終わったら洗濯するからそのまま、カゴにタオル入れといて」

「うん。わかった。ありがとう」


 手に持っていたどうしようか迷うものをそのまま、ダンボールの箱の中に戻して、持ってきた荷物を開ける。下着と寝る様のズボンと長袖のTシャツを袋に入れて部屋を出る。葵君の部屋の前を通り過ぎたけど、とくに声をかけられなかった。かけていい言葉も見つからなかったという方が正しいのかもしれない。


 お風呂に入り湯船に浸かる。はあー。なんかいろんな意味で疲れたー。母の考えはさっぱりわからないけど、多分、言った言葉通り安全で安心だからだろう。全く困った人だよ。ふんわりしたお嬢様的なあの性格はなんともならないんだろうな今さら。


 お風呂から上がって、一声かける口実を思いつく。


 コンコン


「はい? 」

「あの、お風呂上がったから、その、おやすみなさい」

「ああ、うん。おやすみ」


 部屋に入りため息。一泊じゃ足りないね。私の場合は。持ってくる時に適当に持ってきたのが災いしている。もっとちゃんと選別すれば良かった。失敗だな。いらない物が多い。だけど、送り返すっていうのもな、というわけで必要な物からの選別となる。時間かかるよー。でも、今日はもう疲れたな。そう、いろんな意味で。とりあえず明日にかけよう。荷物はダンボールに戻してお布団に入る。

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