白い少女は色を知る

 絵本の登場人物の色を見て、私はいつも首を傾げたくなります。どうして皮膚の色がペールオレンジなのだろう、と。


 朝食を食べながら絵本を開いていると、軽く頭を叩かれました。顔を上げれば薄い赤色の肌をした母が私を見下ろしています。私はごめんなさいと小さく呟いて、絵本を閉じました。


 昔、どうしても色のことが気になって、父に問いかけたことがありました。この絵本の登場人物はどうしてみんなペールオレンジの肌をしているのか、真剣な顔で聞いてみたら、父は困ったように眉を下げていました。私にはみんなの肌の色がこう見える、と説明してみせたら、父の顔は青と黒を混ぜ合わせたような、見ていて辛くなるものになったので、答えを待たずに彼の前を去りました。


 それからは疑問に思っても、そういうものなのだと無理矢理納得して、誰にも何も問いませんでした。



 私はご飯を食べ終えて、家の外に出ました。ぐるりと見回せば全容が見て取れるほどの小さな村で、私は暮らしています。ふと、目の前を通り過ぎた赤い少年を目で追いました。


 友達のいない私は、彼と友達になりたい、といつも思っていたのです。いつ見ても真っ赤な肌をしている彼は、村の大人にも子供にも避けられているようでした。


 目に痛いほどの赤色をしているから、そのせいで嫌われているのかもしれません。そんなことで嫌われて避けられる彼が、あまりにも寂しそうに見えてしまうのは、私がお節介な性格だからでしょうか。


 時折赤に青が混じるのを何度も目にしているため、放っておけません。周りの人は皆彼のことを誤解しているのか、欠陥がある等よく分からないことを口にしていますが、そんな心無い言葉が彼の赤をどんどん濃くしてしまっているのだと思われます。濃い赤でさえ誤魔化せないほどの青に、なぜ皆気付かないのでしょう。


 少年の背を追いかけて、彼の影を爪先で踏みながら後ろに続きます。声をかける勇気を持ち合わせておらず、ただ付いて回ることしか出来ません。これはいつものことです。そんな私の存在を彼は知っているはずですが、いつも何も言ってきませんし、振り返ってくれることもありません。


 けれど、この日は違いました。彼はくるりと振り返って、いきなり私の胸倉を掴んできたのです。


「なんなんだよお前。毎日毎日うざったいんだよ!」


 真っ赤な顔をした彼に、怒鳴られてしまいました。しかし私が動揺せず怖がりもしなかったことに、彼の方が動揺を見せます。きょとんとしたまま彼を見つめていたら、彼は更に顔を赤くしました。


「もう付いてくんな!」


「嫌です」


 私を突き飛ばそうとした少年は、即答された言葉に目を見張って動きを止めました。今しか機会はないだろう、と思い、私は一歩彼に近付きます。


「私と、友達になってくれませんか」


 彼に向けたのは、私の真っ白な手の平です。


 不思議なことに、私はいつでも真っ白でした。いつ見ても、何色も混じらないのです。そんな私ももしかしたら気味悪く思われているのかもしれない、と何度も考えたことがありましたが、どうやら私の色よりも私の言動の方が気味悪く思われることが多いようでした。


 どうして私は真っ白なの? と母に問いかけた時、理解出来ないと言いたげな目を向けられたことを、よく覚えています。


 あの時の母と同じような目をして、少年は固まっていました。いつまで経っても私の手を取ってくれません。仕方なく手を体の横に戻しました。


「嫌なら、いいです」


 抑揚のない声でそれだけ落として、立ち去ろうとします。しかし、少年はそんな私の手をぐいと引きました。振り返って目にしたその色に、私は思わず息を飲みます。


 赤が薄くなっていって、その下に塗られていた青がはっきりと浮き上がっていました。その上からだんだんと明るい緑色が塗られていきます。黄色も混ざり始めました。


 どんどん変わっていく色が美しく、目を離せませんでした。


「俺と、友達になってくれんのか? ほんとに? 俺のこと怖くねぇの?」


「怖く、無いです。あなたは……今すごく綺麗ですよ」


「……はっ?」


 美しい色彩に桃色も混ざり始めて、なんだか見ていて楽しくなっていきます。口をあんぐりと開けている彼に、私は言いました。


「どれほど濃い赤で塗られていても、他の色もちゃんと持っているのですから、あなたはみんなと何も変わりません。素敵ですよ」


「……よく、わからねぇけど、えっと……よろしく」


「はい」



 そうして私に、初めての友達が出来ました。


 彼と色んな話をすることはとても楽しかったです。いろんな遊びをすることも、とても楽しかったです。毎日毎日、彼と会って、彼と遊んで。


 けれどそんな日々は長くは続きませんでした。


 村の人が彼に言っていた言葉の理由を、今更理解しました。心臓に欠陥を持って生まれた彼は、長く生きられなかったのです。そうして哀れまれて避けられる度に、彼は青色を濃くして、けれどそれを隠すように濃い赤で塗り潰していたのでしょう。


 私は彼が亡くなるまでそれに気付けず、何も出来ませんでした。そんな私が彼の家に行って彼の母に渡されたのは、手紙です。自分がもし死んだら私に渡すよう、彼は母親に言っていたそうです。


 その封の中には鏡が入っていました。それと一緒に入っていた手紙にはただ一言しか書かれていませんでした。


『笑っている顔が好き』


 そんな言葉を見て、溢れるのは涙だけです。朝露を零せるだけで、笑顔は咲かせられません。俯いた私の視界には、私がいました。


 彼が渡してくれた鏡の中の私は、かつて見た私と違って青く塗られていました。色が、ありました。


 涙は止まらないのに、その色を見たら口元が緩んでしまいました。


 青に、淡い緑色が混ざります。そこに黄色が塗られていきます。優しく淡い色が重ねられて、綺麗な色彩が広がっていました。


 私はそっと鏡を抱きしめ、彼に届くことはない思いをぽつりと落としました。


「私に色をくれて、ありがとう」

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