モフモフしないでっ!!
吉高来良
序章
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茶色の木目が美しい天井の中央には、古ぼけたランタンがぶら下がっており、中にぼんやりと輝く石らしき物が三つほど入っている。
四方を囲む壁は、灰色の石を幾つも積み重ねて造られたものであり、その一辺にはピンク色のカーテンが掛けられ、僅かな隙間から陽光が差し込んでいる。
反対側には、上辺が半円アーチを描く木の扉がある。
家具類は全てアンティーク調。ハンドメイドなのか、えらく素朴な感じがする。
「ここ、どこ…………へっ?」
童話にでも出て来そうな雰囲気に唖然としつつ、横たわっていたベッドから上体を起こした悠太は、窓の外を見ようとしたところで、脇にあった姿見に映る自分の姿を見て固まった。
母親譲りの童顔、高校に入学してもなお小学生に間違えられる小柄な体、それを包む身につけた覚えのない紺色の貫頭衣は百歩譲ったとしても、外側が頭と同じ黒髪に覆われた一対の猫耳と、尻の辺りから「こんにちは」と顔を出している黒い尻尾は理解に苦しむ。
「えっ!? ええっ!? えぇええっ!?」
驚きすぎて嘔吐くような声を上げる悠太であったが、猫耳に触れてみた。
「ひゃっ!」
飛び上がるほどくすぐったい。尻尾も同様である。
コスプレの小道具などではなく本物だ。
状況が全く飲み込めない。
悠太は直前までの記憶を掘り起こそうとしたが、ノックも無しに扉が開いたので、そちらに意識を取られた。
「あ、起きてるっ!」
悠太の姿を見て吃驚したのは、流れる桃色の髪と翡翠色の瞳が鮮やかで、魔法使いが着るような水色のローブを纏い、その上からでも巨乳だとはっきり分かる美少女であった。
「ゆぅ――――――――――くぅ――――――――――んっ!!」
「えっ!? ちょ、わっ!?」
脱げなかったが、かの有名な怪盗の孫のように彼女がダイブしてきたので、悠太は避ける。
「はぶっ!?」
しかし間に合わなかった。衝撃とともに押し倒された。
「もがががっ!?」
悠太は必至に藻掻き、彼女の肩甲骨付近をパシパシとタップした。
だが彼女は気づいてくれない。嬉しそうに悠太を抱きしめたままベッドの上を転がる。
「もがががが……っ!? っぷはぁっ!! はぁ――っ! はぁ――っ!」
意識が飛びかけたところでちょうど上になった悠太は、彼女の胸から強引に顔を上げた。
「久しぶりだね! ゆーくん!」
「えっと、キミは……?」
彼女がどうして小学校時代の愛称を知っているのか、皆目見当がつかない。
「ほえっ!? 覚えてないのっ!?」
「初対面、ですよね……?」
「そんなっ!?」
彼女はガバッと起き上がり、向かい合うように座らせた悠太のほっぺを両手で摘む。
「もしかして記憶喪失っ!?」
「いひゃいっ!! いひゃいっへすっへばっ!!」
「あ、ごめん」
手を離す彼女を悠太はほっぺたを擦りながら恨めしく見る。
「……それで、キミは一体……?」
「…………あ、そっか!」
彼女はふと自身の姿を見て、何かに思い至った様子で続ける。
「この姿じゃ流石にわかんないよね。わたし、
「へっ!? りっちゃんっ!?」
悠太は我が目を疑った。
りっちゃんこと高原理乃は、隣の家に住んでいた幼馴染みの少女である。
中学へ上がる直前で引っ越して行ったっきり、連絡は一切取っていなかった。
「今はリノン・ディッペルって言うんだけどね」
「リノン・ディッペル……?」
「そだよ。向こうで死んで、コッチの世界のリノンになったの」
「し、死んだっ!? っていうか、『コッチの世界』って……?」
「ここは異世界なんだよ」
「はっ? 異世界っ!?」
「うん。口で説明するより、見た方が早いかもね」
理乃改めリノンは、窓へと向かい、悠太を手招きした。
素直に従った悠太が隣に並ぶと、リノンはバサっと豪快にカーテンを開く。
外を見た悠太は息を飲んだ。
街があった。
建物は全て石造りで、背比べでもするように屋根を青空に突き立てている。
通りも石畳が敷かれ、馬車だけでなく、ダチョウサイズの鶏や小型の恐竜のようなモノが荷台を牽くものもあり、脇を大勢の人が歩いていた。
その装いも、貫頭衣、ローブ、ディアンドル、プールポアン、ロココ・スタイルのドレス、メイド服、そして羽根帽子にタバートと様々である。
上空には、大航海時代を彷彿とさせる帆船群や、箒に跨がる魔法使いが飛び交う。
人々の中には、エルフや、頭や額に角を生やす者、あるいは背中に白い翼を持つ者、そして悠太同様の〝ケモミミ〟など、いわゆる亜人と呼ばれる者達の姿がある。
「なん……だ、これ……!?」
端的に言えば、ファンタジー。
これまで各種媒体で、数多くの作品が生み出されてきた一大ジャンル。
その舞台となる空想の世界が目の前に広がっていた。
「ここはね、『ヴェルバリタ』っていうんだよ」
固まってしまった悠太にリノンは微笑んだ。
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