13
雨の日、風の日――。
夏のはずなのに、寒かった。
寒いのは、気温のせいなどではない。
動かなくなった洗濯機が、その湿ったままの体を乾かす間もなく風雨にさらされて、カビが体を覆っており、そういった嫌悪感もあるかもしれない。
だが、それ以上に、彼女の身体が濡れていたのだ。冷え切った洗濯槽がいっそうその体を冷たくして、その穴蔵を跨いだこちらにまでその寒々とした震えが響いてきているからだった。
ソウは、間もなくいなくなるだろう。なのに、シキは声をかけようとはしなかった。その代わり、凍えた体を震わせる音だけが響いた。
風が吹くたびに、洗濯槽はカタカタと揺れていた。
シキはその風に揺れるのを耐えていた。
揺れればきっと、自分の存在を再び思い出させてしまうことにつながってしまう。だからこそ、無言を貫いた。自分が隣にいるという事実さえ、ソウに忘れさせようと努力した。過去の罪悪感が、隣にいるという罪悪感をより色濃くさせていたから。シキの努力は身を結んだかはわからない。しかし、容易に身動きを取れない今できることは、動かず喋らず、ただじっと音を立てずに耐えることだった。
いつしか記憶を失ったソウが、再び戻ってきた時にも、きっと自分は声をかけることはないだろう。
辛い決断を余儀なくされていた。
しかし、これでいい、これでいいのだとシキは念じていた。
それを念じるたびに、日が昇り、日が沈み、とうとう、その日を迎えるにあたった。
「こりゃあ軸が随分と緩んでしまっていますね」
「そうですか。治せますか?」
洗濯機の外から、男性の声と、いつもの女の声が聞こえてきた。
隣の部屋から、普段聞こえないような物音が聞こえてくる。蓋を閉じられてしまって見えはしなかったが、なにやらガタガタと洗濯機ごと揺らされて、シキは体をあちこちへぶつけていた。
そして、ついに、そのときを迎えた。
結局、何事も言葉を交わさないまま、ソウは取り外されていった。
カビだらけになったその身体を引き上げられた拍子に、ポタリと、空になった洗濯槽に雫が落ちた音が聞こえた。
その音が、洗濯機に響き渡ったとき、シキは遠く霞んでいく光景を思い浮かべていた。しかし、その光景は、もはやイメージにするには靄がかかりすぎていた。
大事な、大事な何かを忘れてしまっていくような、そんな気がしていたが、もう、シキには何もわからなくなっていた。
シキは、動かずに過ごすうちに、少しずつ身体を錆びさせてしまっていた。
その酸素との結合による劣化は、シキの記憶さえも錆びさせていった。
もはや、ただ物静かな脱水層だけが、そこにあった。
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