二層式は絶滅危惧種である。
青我
今日から俺は……。
転生した世界は……。
剣撃が鳴り響く。
二人の王子が王位継承を争い、多くの血と命が失われた。
それでも、この金属音の響く音が止むことはない。
――どちらかが、息絶えるまで。
王位継承権第一位の、第一王子は既に息絶えていた。
王位継承権第二位の、王の弟君も既にこの世を去っていた。
王位継承権第三位の、第二王子は国外へ逃亡していた。
第二王子の姫は、一人取り残されていた。
王位継承権第四位の、第三王子はとても政治ができるほどの年齢ではなかった。
結果として、王位継承者は第三王子となるが、政治を補佐する役目が必要となったのである。
たった今、血を争い死闘を演じている王子二人は、そもそも王族ではない。いや、むしろ、王族として認められていない、と言ったほうが正しいだろう。双方とも、前王の夜遊びによる娼婦との子である。
この度に至って、第三王子が成人するまでの間に、その二人の王子を摂政として立て、国の王権を維持しようと考えたのであるが、その二人を巡る貴族同士の権力争いが起こったのである。
それぞれがそれぞれの後ろ盾を得ながら、権力を得たい貴族たちの派閥争いの渦中に身を投じてしまったのである。
この争いの背後で、第二王子の姫君は暗殺され、戦いの幕が開けたのである。
この戦いに意味はあるのだろうか……と、シキは考えた。
シキは、今まさに死闘を演じている男のひとりである。
シキは、貴族に言われるがまま、多くの者たちを不必要なまでに傷つけてきた。
そのことがどうしても頭から離れなかった。
もちろん、第二王子の姫君を暗殺したのも、彼である。
シキは、剣を構えていた。自分が死ぬ気などは毛頭なかった。どんなに利用されたとしても、どんなに手を汚したとしても、最終的にこの場に立っている者こそ正義であり、このようなチャンスを物にできなくては生きてきた意味がない。
毎日欠かさず修練を積んだ。
この剣が相手を貫いてこそ、この日々の意味がある。
どんなに努力を重ねても、重ねても、結局は才能とか家柄とか、そういったものには及ばない世界があったとしても、この努力だけは裏切らないと思っていた。
誰よりも自分を信じ、他人を見下してきた結果が――。
今、目の前にある、自分の折れた剣と、切り裂かれた身体であった――。
シキは、朦朧とする意識の中、敵対していた男と、そばに控えていた魔道士の言葉を耳にしていた。
「このまま傷が癒えても面倒だ。この場で抹殺してくれよう」
「いいえ、ニソー殿。こやつ目には然るべき制裁がございます」
「ほう、それはどのようなものだ?」
「こやつは、これまでこの上ない悪事を働いておりました。然るに、こやつの心を洗わねばなりますまい。卑しい身分として、相応しい世界で相応しい姿に変えて差し上げるのが良いかと」
「卑しい身分とは聞き捨てならぬな」
「何をおっしゃいますか、あなた様は今まさに、摂政となられたのですぞ。卑しい身分などと、そんなものとは一切縁なきことにございます」
魔道士は呪文を唱え、俺の体に魔法をかけた――。
二人の高笑いが聞こえた。高笑いが意識の外に響いている。
ああ、このまま自分は、何事をも為さぬまま朽ちていくのだろう。
シキの意識は、深いところへと沈んでいった。
いつしか自分が輪廻の輪から再びこの地に舞い戻ったとき、必ずこの恨みを果たそうと誓って。
*
妙な振動がする。体を揺する何かがいることに、気がついた。意識が少しずつ覚醒していった。
真っ暗だった。
ただ暗い空間に、自分が存在している。
何か狭い場所に閉じ込められて、運ばれているに違いない。その道中で、馬車か何かが揺れているのだろう。そう思った。
しかし、妙な動きだった。
自分の隣から、ある周期で何かが回転するかのような感覚が広がっている。ほのかに、水の香りがした。水と一緒に、何か別の匂いもした。回転が緩やかになるとき、水が跳ねる音も聞こえた。
ここは……船の中に違いない。
すると、不意にその回転する何かが動きを止めた。
しばらくすると、何かがこちらに近づいて来るのが聞こえた。まさか、自分の生死を確かめに来たのではないだろうか、と、思った。
しかし、身構えようにも身体が動こうとしなかった。
もしや、既に自分は死んでいて、意識の中だけで存在しているのではないか、と思った。すると、自分の隣から今度は何やら水の流れていく音が聞こえた。
これは……もしや、拷問道具なのでは!?
これまで隣では、何か筒状の装置に入れられながら、グルグルとかき混ぜられながら、水責めをされていたのに相違ない。でなければ、水に苦しむかのようにもがき、暴れたりなどしない――それが、水を抜かれているということは……。
隣にいる者は、既に何か情報を吐き出したか、溺死してしまったのだろう。
そうすると今度は……自分の番なのではないだろうか。
そんな予感を他所に、突然上から光が差し込んできた。
鼻歌を歌いながら、いかにもか弱そうな女が俺を覗いている。
すると、なにやら湿った布のようなものを、俺目掛けて放り込んできた。
口の中いっぱいに、布が詰まったような感覚がしているが、別段苦しい感じはしなかった。
これが、新手の拷問か……? だとしたら少し手ぬるい気がするが……。
その矢先だった。
女は再び俺から光を奪うように蓋を閉じた。
何かを捻るような音が聞こえた。
「うっ!?」
悲鳴すら出なかった。
俺の身体がぐるぐると回転させられていた。それも、さきほど隣で回転させられていたような、あんなゆったりとした動きではない。
意識が完全に吹っ飛ぶかのような、目まぐるしい回転であった。
しかも、口の中には布のような物が詰められている。
俺は回転に耐えようと、その布を噛み締めていた。
すると、布から水分を極度の回転に合わせて弾き飛ばしていった。
噛み締めれば噛み締めるほど、水分は抜けていった。
水分が抜けていくと、心なしか楽になった。回転はしているが、妙に慣れた心地がした。
しばらく経った後、回転が止まると、再び女が蓋を上げた。
女は鼻歌を歌っていた。
俺の口から布を取り出すと、再び蓋を閉じて行ってしまった。
何が起こるのだろう……。
わからなかった。
「あの……」
驚いた。隣から声が聞こえてきたのだ。
「お前!? 無事だったのか! よかったな!」
水責めにあって死んでしまったとばかり思っていたので、つい大声で賛美してしまった。
「いや……その、静かにしてもらえませんか?」
「……え?」
「さっきの脱水の時、うごぉぉぉぉって声、ほんとうるさくて仕方なかったです。狭いし声響くので、次はもっと静かにしてもらえると助かります」
「脱水? っていうか、お前、拷問されたてなのに、なんでそんなにも平然とした感じを出せるんだ?」
「拷問!? あっはははは、何を言ってるんですか!」
「だって、あれ、水責めか何かだろ!? 水の音がしたし、かき混ぜられていたじゃないか!」
「ホント何を言ってるんですか、私たち、洗濯しているのだから、水とか衣服が入れられても当然でしょ?」
全く状況が掴めなかった。しかも、わけのわからないことを言っている。声の感じからして、隣にいるのは女だろう。しかし、この女は今の状況に動じることなく、笑っていた。その上、洗濯をしているなどと、意味不明なことまで口走っていた。
「俺をからかっているのか? さては、お前閉じ込められていないんだろ、外から俺をからかって楽しんでいるのだろう!」
「いきなり失礼ですね……どうしちゃったんです? いつも無口で脱水していたのに」
「脱水とはなんのことだ! それに洗濯って……」
その時、身体が急速に回転させられていたときのことを思い出した。
何か布のような物を口に入れられ、回転させられていたとき、確かに水が一気に抜けていった。
「な、なぁ、お前……何者なんだ?」
「私? 私は、ソウ。洗濯槽だよ」
「洗濯槽……とは、なんだ?」
「おかしなことを言いますね……洗濯槽って、洗濯物を洗うための場所。あなたは脱水機。私が洗濯した衣服の水を抜くための場所でしょ」
「俺はシキだ。脱水機なんかじゃない」
「あなたは誰がなんと言おうと脱水機なんです。もうかれこれ10年以上やってきたじゃないですか」
シキは動揺を隠せなかった。
まさか、あの時、意識を失う前に魔道士が言っていたこと……。
相応しい世界で、相応しい姿に変えて差し上げる――。
シキは、異世界に転移させられていた。
とある世界の、洗濯機として。
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