第2話「二つの血」後篇
ラドール高原……
テンハイス城から南西に位置するここは、首都セレルシタへの交通と流通でよく使われる程に猛獣なども少なく、自然が豊かで穏やかな場所であった。
そんな自然あふれる場所に三機の魔動機の姿がいた。
アークブレード、ストームバレット、ブレイズフェニックスの三体である。
アレクの訓練として、ここで魔動機の模擬戦を行っていたのだ。
「こい、アレク!」
「うおおおッ!」
アークブレードは剣を両手で握り、ブレイズフェニックスに向かっていく。
勢いよく剣を振り下ろすも、ブレイズフェニックスは紙一重でかわし、振り下ろされた剣は地面へと刺さった。
「どうした?その程度か?」
「まだまだッ!」
再び剣を握り、何度も何度もブレイズフェニックスに向けて剣を振り下ろすも、剣先が当たる気配すらしない。
これが本当に最初の搭乗でゴブルを倒した男の動きなのか。リンとレイはそんな疑問が浮かんだ。
「もー、どうしたのアレク?体調が悪いとか?」
「そんな事はないだけどなぁ……」
二人の訓練を見守っていたリンのストームバレットから通信が入る。
魔力を使うことで、他の魔動機へ通信を行える魔動機の通信機能だ。
魔動機は魔力で動き、その魔力は操者のあらゆる事で左右される。
リンの言う通り、体調が悪ければ魔力は低下し、魔動機の動きも鈍る。
他にも動揺や恐怖など心理的部分でも不安定であれば、それは魔力に現れ魔動機の性能差に大きく出る。
それ故に高性能なオリジンであるアークブレードも、魔力が低ければ現代の技術で作られた専用機であるブレイズフェニックスやストームバレットに負ける事もおかしくはない。
「ちょっと待って二人共、魔力の反応があるわ。ゼイオン兵かもしれないわ」
魔力で動く魔動機からは魔力の反応が出る。
どの魔動機にも魔力探知の機能が備わっており、大まかな位置はわかるようになっていた。
「訓練は中止!ここを離脱するわよ二人共!」
「こんなとこにも敵がいるのか……」
「どうせ、潜伏してたのか脱走兵や敗走兵かそれとも……嗅ぎつけたのかもな。アークブレードの場所を」
アークブレードの噂は両軍ともに広がり始めていた為、レイの言う可能性も否定できなかった。
鹵獲してゼイオンの戦力にするか、それとも撃破してエレシスタの戦力を削るか。敵の目的はわからないが、アークブレードを狙う理由はいくらでもあった。
「見えた!ゴブルが三機!」
「リン!俺はどうすればいい!」
「落ち着いて、アレク。西に森があった筈よ。まずは森を抜けてテンハイス城まで戻りましょ」
軍人として、初めての実戦を前にアレクは取り乱していたが、リンは落ち着いて作戦を立てる。
その指示通り、三機はスラスターで加速しながら西の森に向かっていく。
「森の中ならあっちも私達も動きが制限される。その場合ゴブルよりも基本性能が高く、近接戦に強いアークブレードとブレイズフェニックスが二機いるこっちが有利よ」
「わかった。ならオレがゴブル三機を足止めしよう。三機ならなんとかなる」
「了解したわ。じゃあ、私とアレクが先行するからあとで合流ね」
レイは15歳と若いが、生活費を稼ぐ為に幼い頃より魔動機に乗っており、豊富な実戦経験を積んでいる。
ブレイズフェニックスの性能もあり、レイは三機を相手にできると確信していた。
「一人で大丈夫か?」
「お前なんかに心配されるとはな……まず他人の心配よりも自分の心配をしろ」
アレクはレイの心配をするが、レイからしてみれば余計なお世話であった。
だが、負傷や最悪死ぬような事になればアレクは後悔するだろう。
仲間であり、共に戦う以上は死んでしまったら辛い。
もう二度、誰かが殺される所を助けられず終わるのは嫌だ。
アレクはそう強く思った。
それがたとえ、憎きゼイオン人の血が流れているレイであっても。
アークブレードとストームバレットが森を進んで行ったのを確認し、森に入ってすぐの所でブレイズフェニックスは敵を待ち構える。
すぐに三機のゴブルが見え、近づいていく。
「敵は一機だけだッ!数ならこっちが勝ってる!一気に攻め込むぞ!」
三機のゴブルは棍棒を片手に、ブレイズフェニックスに襲ってくる。相手の方が多くても、レイは動じる事は無かった。
何故なら、彼はブレイズフェニックスの性能と、自分自身の能力を信じていたからだ。
例え三機いても、自分の勝利を信じて疑わなかった。
「三機いれば勝てると思うなッ!」
ブレイズフェニックスの足元と、両手に持つ二本の剣に紅く光る魔法陣が現れ、刃が炎に包まれる。
魔力を使う事で、なにもない所で炎を生み出し、刃に纏わせたのだ。
ブレイズフェニックスは両手の剣を交差させ振り下ろす。
三体のゴブルは燃え上がり、爆発を起こした。魔力を宿した魔動石に強い外的衝撃が加わり、爆発したのだ。
「この程度、オレの敵ではないな」
一方、アレクとリンは森を抜けたが……
「もしかしてって思ったけど、森の先にもゴブルがいるなんてね……」
ざっと、五機だろうか。
恐らくさっきの三機の仲間で、挟み込んで仕留めようという魂胆なのだろう。
「リン!ここは俺が先陣切ってケリをつける!」
「待って、ここは高原。遮蔽物が無く相手の方が多いなら私の出番よ」
リンが指示を出し、レイが足止めをした以上、自分も何か役に立たなくてはと焦るアレクをリンは抑える。
ストームバレットの両腰にあるホルスターから銃を二丁取り出し、近づいてくるゴブルに銃口を向ける。
「まずはストームバレットで敵の数を減らす。それで残ったのはアレクに任せるわ。いい?」
「わかった!」
「よし、いくわよ!」
ストームバレットの足元と銃口に緑に輝く魔法陣が現れる。
アレクは魔術を使った攻撃を初めて見るため何が始まるのか分からず、剣を構え準備しながら横目に見ていた。
「先手必勝だ!あの二機を仕留めるぞぉ!」
三機を先頭に、後続に二機の陣形でゴブルは襲いかかる。
彼らはストームバレットが魔法陣を展開している間が隙と考え、その足を止めず進んできている。
まだか、まだか、とアレクが思った瞬間、銃口から幾つかの緑色の閃光が放たれる。
魔力を弾丸にして放つ魔動機の攻撃手段の一つ、魔弾であった。
緑色の魔弾は突風のように早く、竜巻のように渦を巻きゴブルに向かっていく。
「魔弾如きで臆するものかぁ!」
ゴブルは直線で進む魔弾の弾道を予測し、蛇行しながら進んでいくが、風を纏った魔弾は突然曲がり、先頭の三機に直撃し爆発する。
爆煙の中から後続の二体のゴブルが現れた。
先頭の三機がやられたからか、二機のゴブルは陣形も連携もなく突き進んでいく。
「アレク!出番よ!」
「わかった!」
アークブレードは剣を両手に構えながら、スラスターを吹かせゴブルに立ち向かっていく。
アークブレードとゴブルの距離を縮まり、ゴブルは棍棒を振り下ろすも、アークブレードには当たらず地面に激突する。
アレクはゴブルを、ゴブルの操者を殺す事に僅かに躊躇った。
だが、ここで躊躇えば自分が、さらにはエレシスタの誰かが死ぬかもしれない。
またリックのように罪のない人が死ぬ。
そう考え、剣を振る覚悟を決める。
「襲ってこなければ殺す必要もないのに……!」
剣を横に振り、ゴブルを両断する。
すぐ一歩後退すると、ゴブルは爆発した。
訓練の時は上手く行かなかったが、今回は初めて乗った時のように思い通りに動いたような実感があった。
残り一体のゴブルは怖気づいたのか、逃げていく。
「よくやったわねアレク。あれは追わなくていいわ。私達は守るために戦ってるんだからね」
一瞬、もしも逃げたゴブルを追って殺せなどとリンが命令するのかとアレクは不安であったが、そんな事はなかった。
襲ってくるゼイオンには剣を持ち立ち向かう。
だが、戦う意思のない兵士を後ろから斬りつけるほどアレクは冷酷になれずにいた。
「ちょっと待って……!レイの所に敵の増援が近づいてきてる……!数は二、いや三!」
「マジかよ!」
レイの強さはさっき特訓したアレクにはよく分かっていた。
しかし、それでも、もしかするとという可能性は捨てきれない。
正直アレクはレイを完全に信頼はしてない。
だが、こう不安になるのは信頼してる、してないの話ではない。
味方なら多い方がいいだろう。ならば、今すぐにでも行くべきだ。
アレクはそう思った。
誰かが危ない所を見過ごせない。彼はそういう人間である。
「今すぐ俺が向かう!」
「ちょっと、アレク!」
スラスターを吹かせ、レイの元へ急ぐ。
「もっと速く……速く……!」
そう強くアレクが念じると、それに応えるようにアークブレードは青白く輝き、いつも以上に速くなっている事にアレクは気付いた。
これならば、一分一秒でも早く、レイの助けに行ける。
目も止まらぬ速さで森を駆け抜けていく。レイと二体のゴブルに近づいてきている。
レイも高速で近づいてきてる魔動機の存在に気付いていた。
「この魔力放出量、異常だな。アークブレードか?いや、アイツがこれほど速く動けるとは……」
ゴブル二機を相手しながらも、その存在がレイの気がかりになっている。
誰なのか、敵なのか、味方なのか、アークブレードなのか。
アレクはともかく、リンがそこらのゼイオン兵に負けるわけはないだろう。そのリンを突破して近づいて来ている。
敵のオリジンか、それともアークブレードか。
そうレイが考えている間に答えが目の前に現れた。
アークブレードは空高く飛び斬りかかり、ゴブルは斜めに斬られると爆発した。
そうか、アークブレードか。アレクか。
レイは安堵した。もしもアークブレードではない敵であったら命はなかっただろうと思った。
「この青いの!俺が仕留めてや……」
残ったもう一機のゴブルが棍棒を振り下ろそうとした時、ゴブルの機体が斬られていた。
ブレイズフェニックスが斬ったのだ。
「何故オレを助けた。ゼイオン人の血が流れているオレを」
「何故って、お前は俺とリンを助ける為に足止めをしたんだろ?なら俺がお前を助けるのも当たり前だろ?」
別にレイはアレクを助けるために足止めをした訳ではない。
ただ、小隊を分けたほうが万が一の事態があっても生存率が上がるからだ。
さらに言えば、アレクとアークブレードの力を信用していなかったからでもある。
だが、この男アレクはその事に気付いていない。
人の行いを良いように受け取る人間なのか、どういう人間なのかレイにはわからなかった。
ゼイオン人にもエレシスタ人にも恨まれ、虐げられた自分を何故助けたのか、それをレイは疑問に思っていた。
「後悔するかもしれないぞ?俺を助けたこと」
「今を後悔しないならそれでいいさ。もしも後悔しても、その時考えるよ」
アークブレードはブレイズフェニックスに手を伸ばした。
レイは照れくさく思いながらも、ブレイズフェニックスの手を伸ばす。
この世界のどこにも、ゼイオンにもエレシスタにも居場所はなかった。
それでもここは、第五小隊だけは自分の居場所だと、そう思ったのだ。
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