第9話「希望と絶望の狭間」
アレクの出生が明らかになり一日。
クルスはテンハイス城を発ち、ゾルディオンと数十機のナイトと共にドライハ城へ侵攻に向かった。
「そんな事があったのか……」
テンハイス城の城主の部屋にて、リンはダリル・ターケンにアレクの出生、レイが利用されていた事を話す。
兄すら信用できないこの状況、誰に話せばいいのかと考えた時に思い浮かんだのがテンハイス城の城主、ダリルであった。
「まさか、お兄様がそんな非人道的な研究に加担してたとは知らず……」
「そうか、俺に相談してくれてよかった。俺もフェールラルト卿のやり方に納得出来ずにいたからな」
ダリルもクルスの強硬派路線に納得していなかったのはリンにとって幸運だ。
彼ならば信用できる、そんな安心感をリンは抱いていた。
「俺もなんとかしてでも、ファールラルト卿の侵攻を止めたい。だが、この城にはゾルディオンと一緒にファールラルト卿の息がかかった兵士が入ってきてな……城主だというのに情けない話だ」
クルスに抵抗する者は排除したいのか、彼が国王代理になってから各地にクルス派の兵士が派遣されている。
ダリルのようにクルスのやり方に疑問を抱いた兵士もいたが、鎮圧されたのだという。
「ダリル将軍がそう考えているのであれば、私も協力します」
「いいのか?実の兄と戦う事にもなるぞ?」
「構いません。誰かを傷付けようとするのであれば私は止めます。例え兄でも……」
貴族として、この国を守るためにリンは戦っていた。武器を手に取り罪なき人を殺めるのを許せないからだ。
だから、アレクとレイの事を含めても兄クルスの行いも許せない。彼女は実の兄と対峙する決意をしていた。
***
格納庫…
アレクはアークブレードの操縦席にいた。
彼をアークブレードを動かす道具としか考えてないように操縦席に閉じ込め、周りにはローやクルス直属の兵士が立っている。
操縦席から離れようものならば、兵士に殴られ操縦席に押し戻されるのだろう。アレクは容易に予想ができた。
アークブレードの目を通して、外の様子が見える。
兵士の指示の下、嫌な顔をしながら整備士達が動いていた。
テンハイス城がゼイオン侵攻の拠点となる為、クルス直属の兵士の指揮下に入っているのだ。
これからどうなるのだろう……アレクはふと思った。
もう戦いたくない。面倒事には関わりたくない。
そんな事ばかり考えていた。
「もしかして、マギラは知ってたのか?俺の生まれのこと……」
「王都の研究所で解析されている時に奴らの声が聞こえた。お前のことも」
「何故動かせるか知らないというのも嘘だったのか?」
「あぁ、確証がなかった。あの時実験で生まれた子がお前だとはな」
マギラはまた嘘を言った。生体認証の付いているアークブレードを動かせる以上あの時の実験で作られたアレクだと確信していた。
だが、その真実を教えて知ればアレクは今のように傷付くだろう。だから、わざと知らないフリをしたのだ。
「俺の遺伝子データを元に作られたのがお前とはな……確かにどことなく似ているな。肉体があった頃の俺に」
もう肉体を失って千年も経っている為、自分がどういう顔をしていたかなどマギラは忘れていたが、どこか自分自身に似ているような気がしていた。
まるで鏡を見ているようなそんな気分である。
「俺は普通の人間だと思ってた……アークブレードを動かせるのもただの偶然だと思った……だけど実はその為に生まれてきたなんてあんまりだ、あんまりだろ……」
一人震えながらアレクはマギラに話しかける。
とてもショックで、悲しい様子である事をマギラはすぐにも分かった。
「ゼイオンは敵だ。だがエレシスタも俺を作って利用してた……誰が正しくて誰の味方になればいいんだ……俺はもう誰のためにも戦いたくない……」
エレシスタ人である自分はゼイオンの味方は出来ないだろう。
だが、自分を利用していたエレシスタの為にも戦えない。
アレクは誰を信じて味方すればいいのか分からず、同時に誰かのために戦いたくないとも思っていた。
「戦いたくないならばそれでいい。戦う気のない奴が戦場に立っていても的になるだけだからな。だが、お前は戦わずに誰かが傷つくのを黙って見ることは出来ない筈だ。アークブレードという力があるならばな」
深く傷ついたアレクを見てられないのか、マギラは彼なりに立ち直らせようと説得する。
戦いたくはない。だが、自分が戦わなければ誰かが傷つく。リックのように傷つけられる人が出てくる。
確かにアレクはそれを黙っては見過ごせなかった。アークブレードという誰かを助けられる力があるならばなおの事だ。
「俺は誰かが傷つくのを見過ごせない。守るための力があるんだ……エレシスタもゼイオンも関係ない!俺は人を守るために戦う!」
アレクは決意する。
人を傷つくのを黙って見てられない。それはエレシスタ人は勿論、ゼイオン人でもだ。
だから、人種を問わず人を守りたい。
そして、いつかは両者が手を取り共存できると信じていた。
「軍人としては失格かもしれない。だけど、俺はエレシスタとゼイオンがいがみ合い傷付け合うのはイヤなんだ……!」
「相変わらず甘いな。だけど悪くない」
「珍しいなアンタがそう言うのも」
「昔を思い出してな」
今のマギラから見ると確かにアレクは甘い。
自分と同じ遺伝子を持っているからか、アレクと昔のマギラを重ねて見ていた。
「俺も昔はエレシスタとゼイオンは共存出来ると思ったが、現実は非情だった。戦争は激しさを増し、友人や仲間はゼイオン人に殺されていった。俺も数え切れないほどのゼイオン人を殺した。血に汚れたこの手でゼイオン人と共存できる訳がなかった。だから諦めたんだ。エレシスタとゼイオンの共存を……」
共存できるそんな理想を抱いていたが、数え切れないほどのゼイオン人を殺した後ではそんな理想も意味がなかった。
両者とも後に引けず、いつしかマギラの理想も消えていた。
だが、他人を思いやれる優しさを持つアレクなら、自分の理想を叶えてくれるのではないかとどこか期待していた。
「フェールラルト卿を止めに行くぞ!マギラ!」
「止まりなさい!フェールラルト卿の命に逆らうつもりですか!」
出撃しようとした所にローが警告、兵士達は銃をアークブレードに向ける。
さらにアークセイバーを止める為にナイトも動き始めていた。
そんなとき、思わぬ援護が入った。
「行け!アレク!フェールラルト卿を止めてこい!」
ダリルが銃を持った兵士を抑える。
アークブレードが動いたのを好機と考え、テンハイス城の軍人が動き始めたのだ。
クルスの考えに不満を抱いていたのか整備士達が工具を手に、ナイトに乗りアークブレードを止めようとする兵士達を妨害する。
「ダリル将軍!貴様もフェールラルト卿に歯向かう気ですか!それでも軍人か!」
「俺は誰かを傷付ける為に軍人になったんじゃないッ!お前達みたいに平気で傷付けるような奴らが許せんから軍人になったんだッ!」
ダリルはローの首を打ち、気絶させる。
彼は貴族の言いなりになるために軍人になった訳ではない。言った通り傷付けるような人間が許せないだけであった。
それがクルスであっても、彼の意見が変わる事は無かった。
「おまたせ、アレク!さっ行きましょ!」
「リンも行くのか?!相手はリンの……」
「相手が兄で、私が妹だからでしょ?フェールラルト家の始末は私が付けるわ!」
通信でリンの声が聞こえる。
彼女の声から強い決意をアレクは感じていた。例え兄が相手でも、オリジンでも戦えるようなそんな強い決意を。
「それより、アレクは大丈夫なの?その……」
「俺は平気だよ。今はただ、フェールラルト卿を止めないと」
「そうだよね。アレクならそう言うと思った」
アレクは常に誰かを守る為に戦ってきた。クルスの前でも臆せずに自分の意見を言った彼ならばクルスを止めようと思うのは当然だろう。
だが、自分が魔術で作られた人間であり戦うために利用されていたと知って上でも、誰かの為に戦えるのは意外であった。
「オイオイ、お前らだけで行くつもりか?」
アークブレードへ通信が入る。ナイトに乗ったテンハイス城の操者からだ。
三機のナイトが動き、どうやら彼らも同伴するようだ。
「味方は多いほうが良いだろ?」
「ゼイオン人は嫌いだが、そのゼイオン人と同じ事をするフェールラルト卿は止めねぇとな!」
テンハイス城にいる操者全員という訳ではないが、それでも同じ意志を持つ人がいることをアレクは嬉しくて仕方なかった。
「そういえばレイはいいのか?」
「レイは……今はそっとしておきましょ」
ひどく傷ついているのはアレクだけではない。レイもだ。
恩人に利用されていた事を知り絶望した彼を無理矢理戦わせようとは、アレクもリンも考えてない。
「ナイトも三機とも出撃準備が出来たみたいね、行くわよ!」
「俺が、俺達が止めるんだ……フェールラルト卿を!」
アークブレードとストームバレット、そして三機のナイトは格納庫を後にし出撃する。
アレクは敵がゾルディオンという強敵にどこか怯えていたが、それと同時にクルスのやり方に疑問を抱いているが自分だけでないという事にどこか希望を感じていた。
***
テンハイス城、独房……
そこに一人の男が閉じ込められていた。
「よう、レイ。今から出してやるからな」
「ダリル将軍か……」
ダリルは独房の鍵を開けながら、レイに話しかける。
恩人クルスに見放された後だ。こうして誰かに優しくされるのが少しばかり嬉しかった。
「リン達はフェールラルト卿を止めにドライハの方に行った。お前も行きたいなら行っていいぞ」
「オレは……」
混血だから、エレシスタに冷たくされた彼に、エレシスタの為に戦う気力など無かった。ゼイオンの為でもだ。
だが、クルス・フェールラルトはこの手で殺したい。
そんな憎しみが彼の中にあった。
「今までお世話になりました。ダリル将軍」
「オイオイ、なんだよ急に。今生の別れみたいに言って」
レイは独房を出て、格納庫にあるブレイズフェニックスの元へ走る。
リンやアレク、ダリルのような例外がいても、エレシスタ人もゼイオン人も等しく醜い人間なのだ。レイはそう結論づけた。
変わるのは自分ではない。混血だからと自分を傷付け差別するこの世界だ。両国が争わなければ自分はこんな目に遭わないのだ。
レイはこの世界に絶望していた。
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