か にばる

グラップリン

第1話 地獄より。




 人殺しはいけないことだと教わったけど、やってみたら案外楽しかった。




 もちろん誰彼かまわず殺すワケじゃない。

 うまくは説明できないけれど、なんとなく、殺してもよさそうなヤツを狙うようにしている。


「だからさ、ちょっと教えてくんない?」


 悲鳴を上げないように口を封じていた手を離す。


「今、俺に殺されてどんな気分?」


 溜め込んだ呼気を大きく吐き出すと、女性は苦しそうに荒い呼吸を繰り返した。

 涙で潤んだ眼が俺を見る。

 吐かれる息に血が混じっている。貫いた腹から血が流れて足元に溜まる。

 頭上の線路を電車が通る。うるさい。これでは答えを聞けないじゃないか。

 なんでもない日曜日の昼日中、人気のない高架下で俺は電車が過ぎるのを待つ。


「……ァ」


 女性が弱弱しく口を開く。唇が震えている。

 電車が、通り過ぎた。


「あ、りがとう」


 女性はそのまま崩れ落ちて、それきり動かなくなった。

 俺は女性の服の裾で赤く濡れた手を拭く。


「ありがとう、ねえ。やっぱそんな感じなのか」


 なんとなく予想できていたことだ。

 少しだけ血が乾いて取れなかったのをスボンのポケットに押し込んで、俺はその場を離れることにした。


「――あれ、その人死んでる?」


 しかし踵を返した瞬間、声を聞く。

 女の子がいる。眼が合った。

 いつの間に、とか、やばい見られた、とか。色々考えて、一番マズいことに一目で気づく。


 この子は殺せない。


 これはかなり危うい話だ。口封じに殺すこともできない。

 正直、殺しはただの趣味だ。犯罪だとは分かっているが、それで警察の厄介になるのはさすがに勘弁願いたい。一応、選んでやってるんだし。

 どうしようか、とひとしきり悩んで、妙なことに気がついた。


「やっぱだ。死んじゃってるね、これ」


 つかつかと迷いのない足取りでこちらに近づいた女の子は、真っ直ぐに女性の死を確認した。

 殺人現場に遭遇した動揺とか、殺人犯である俺に対する恐怖とか、その横顔にそういう様子は一切ない。

 感覚がれているのを見た。

 意識がれているのを感じた。

 生命がれているのを把握した。


「ええと、ご同業?」

「ん。副業殺し屋。この人ターゲットだったんだけど、先に殺られちゃったかー」


 問いかけてみれば、女の子はあっさりととんでもないことを言ってのけた。

 力の抜けた気だるげな仕草はなんともという印象を与えてくれる。


「まだ若そうだけど」

「花のJK? まあ、そんな。お兄さんは20歳くらい?」

「おう。女子高生が人殺す時代かあ」

「そりゃね。そういう辺りは意外と女の方がドライなんじゃないかな」


 その言葉に、学生時代にちょっと気になっていた娘をちらと思い出す。あの娘もこんなものだったのだろうか。

 イヤな話を聞いた、と息を吐く。

 それを聞いたか、女の子が応じるように口を開いた。


「じゃ、逃げよっか」

「ああ。……せっかくだから、一緒にお茶でもどう?」

「はは、ナンパ?」


 言葉では笑っているが女の子の眼は笑っていなかった。最初に眼が合った時からそうだ。

 彼女の眼に、光はない。

 無色透明。暗い、昏い、どこまでも虚ろな空洞の色。

 俺が毎朝鏡で見る人殺しの眼だ。


「うん。自分に似たヤツは初めて見たから。興味ある」

「そっか。うん、私もこんな感じで話すの初めてだ。いいよ。付き合ったげる」


 足早に歩きながら、眼も合わせずに俺たちは言葉を交わした。


裏垣うらがき遊汰ゆうただ。フリーター兼人殺し」

逆本さかもとひかる。高校生。裏で殺し屋やってる」


 高架の上、さっきとは逆向きの電車が線路を通過する。

 けたたましい雑音。全身を震わせるような轟音に、俺はつい笑ってしまった。


「……悪い。もっかい言ってくれ」

「うん、聞こえなかったね……」

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