第35話 ランサムの灯は消さない

 ブルペンでは、先発のユーセーが投球練習を行っていた。

 いつも通りのノースリーブジャージ、そしてメガネは曇らず良く見えている。

 コンディションは上々――自らの好投を予感していた。


 と、そこへ。

「あ、マロンさん……」

 キャプテンのマロンが現れた。

 マロンは外野手、レフトを守る事が多い選手。ブルペンに顔を出すのは珍しかった。

「調子は良いようだなユーセー……他の奴等は、未だに動揺している」

「動揺って、何の事……?」

 ユーセーは、いつものように静かに喋る。

「何って、昨日のランサムの事だ。お前も見ただろう?」

 ユーセーは投球練習を止め、首を傾いで上を見た。

 そして暫くして、

「あっ」

 ポン、と手を叩いた。

「あの、“偽ランサム”の事……かな……?」

「に、偽ランサムだと!? す、すると……」

 言われてマロンは、カズーオの事を思い出していた。

 思えばあのカズーオにも、マロンは形容し難い違和感を覚えていた。偽物言うのなら合点はいく。だが、それだけでは計れないモノもある。

「なんで皆、あんなに慌ててたのかなって」

「しかし何故そう言い切れる!? 姿形はランサムそのもの……あの筋肉を持つ者だってそうそう他にいるのものか!」

「でも別人ですよぅ……だってランサムは、あんなに“完璧”じゃないですから……」






 路地裏の古びた開業医院。

 ランサムは、診療室のベッドに座らされていた。治療室ではキッシュが寝ているが容態は安定しているようだった。

「ランサム、まずは服を脱いでもらおうかの」

「ああ」

 ランサムはユニフォームの上着を脱いだ。

「ハンガーにかけておこう。貸すのじゃ」

「え? いや……」

「どうした?」

 ランサムは躊躇した。このユニフォームは、簡単には人に渡せない。理由があるのだ。

 故に仕方無く、床に落とした。

「!」

 ドン、という鈍く大きな音を立て、ユニフォームは石床に穴を空けていた。

「こ、これは……!?」

「すまない……このユニフォームは特殊合金繊維で織られているんだ。鍛えていない人間には持つ事は難しい……」


 ――それは、療養中の伊原監督を見舞いに行った時の事だった。

「ランサムよ……お前の力は強大だ。だが、コントロールすれば必ずや勝利に結びつく……」

「監督……」

 伊原は、サイドテーブル上に置かれた木箱を指さした。

「あれを着るのだランサム……あれはお前の圧倒的過ぎるパワーを抑えるとともに、更に鍛え上げるだろう……」

 それこそが、このユニフォームだった。

 超重量に加えて関節部には逆バネ、吸汗速乾素材で夏でも快適。

 これ程のユニフォームを完成させる埼玉県の技術力は驚嘆に値するが、それを日常でも平然と身につけ、パリコレとも見紛うばかりに着こなすランサムもまた恐るべきセンスの塊と言えるであろう。


「ヒヒ……なる程、知れば知る程興味深い人間じゃ……」

 老齢の医者はランサムを横にさせると、上半身に青銅製の器具をいくつも乗せていった。

「これは?」

「拘束器具兼測定器じゃよ。暴れる患者を大人しくする為に使えるが、同時に筋肉に秘められた物理力、魔力、オーラ、その他あらゆるモノが測定出来る。お主の筋肉は只者じゃない、どんな数値が出るか楽しみじゃ」

 器具にはコードらしきものは無かったが、ベッド横に置かれたいくつものガラス管が少しずつ濃い色へ変色していった。

「ヒヒヒ、この色が濃ければ濃い程その力は強いという事じゃ……どうなるかのう」

 と、その時。

 医者は不意に手を止めた。そして、入り口から聞こえる声に耳を立てる。

「ランサム、隠れるんじゃ!」

 言いながら医者は強引にランサムをベッドから落とし、そしてその下に隠し入れた。それと同時に、部屋の扉が乱暴に開けられた。

 無遠慮に入って来たのは、鷹の国製の鋼鉄鎧を着た三人の軍人達。

「……何の用じゃ。余程の急患でもなけりゃ、こんなヤブ医者より腕の立つ医者を紹介するぞい」

「爺さん、ここに運び込まれた患者がいる筈だ、出してもらおうか」

「知らんのう、こんな開業医院に患者なんて来る筈ないじゃろがい」

 言われて軍人が一人、医者の襟首を掴んで持ち上げた。

 ランサムはベッドの下から這い出ようとした。しかし医者はそれを蹴り、また戻るように促す。

(出てくるんじゃない、ランサム!)

 ランサムは全身の器具に動きを奪われ、上手く体が動かない。

 医者は知っている。あの器具をつけられていたら、まともな動きは出来ない。

「爺さん嘘を吐くと痛い目見るぞ? キッシュの反応はここから出てるんだぜ。おい!」

 一人がそう言うと、二人は医院中を探し回り始めた。治療室にもすぐに達するであろう。

「や、やめんか! こんなオンボロ医院を更に壊す気か!」

「うるさい!」

 医者は、地面に叩きつけられた。

「隊長、治療室はどうします?」

「遠慮は無用、探せ!」

 隊長、と呼ばれた男は自らの手で治療室の扉を開けた。

 そして、そこに寝かせられていたキッシュもすぐに発見した。

「やっぱりいるじゃねえか! 爺さん、こいつは連れて行くぜ」

「やめるんじゃ! まだ動かしてはならぬ! 治療したばっかりなんじゃ!」

 医者の静止など聞く耳持たず、軍人はキッシュを担いだ。

「関係ないな! どうせ処分するんだ!」

 軍人達は診療室に戻ってくると、担いでいたキッシュを乱暴に地面に落とし、再び医者を持ち上げた。

「嘘を吐いたら痛い目見ると言ったな!? 爺さん!」

 隊長が野球ボールを取り出した。そして残る軍人二人で医者を立たせると、振りかぶった。

 そして、直球を投げ医者に直撃させる。

「ぐあッ!」

「目撃者は消しても良いって言われてるんだ、お前も処分してやるよ!」

 言いながら、再び振りかぶる。そしてまたもボールを当てる……。目を覆わんばかりの残酷な光景だった。

「一度死球で本当に人を殺してみたかったんだ。へへへ……」

 さらにボールを投げようとする軍人。だが。

「……どうしました? 隊長」

「それ、一体何だ?」

 隊長が、置かれていたガラス管を指さした。

 三人が目を向ければ、ガラス管はみるみる内に色を濃くしていった。青から赤、そして黒。

「な、なんだ……?」

 それどころかガラス管は大きく震えだし、黒から金色に変化したかと思うと今度は眩いばかりの光を発した。

 診療室は、光に満たされていく。

「なんなんだ一体!? 何が起こっている?!」

 そしてその光の中。

 一人の男が立ち上がっていた。

「お、お前は……! 知っているぞ、我が国が超要注意人物としてマークしている男!!」

 全身の筋肉がパンプアップし、つけられていた器具は弾け飛んだ。

「ランサム!!!」

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